氷の王子様は子守り男子

ケンカの理由

 目を開けた日向ちゃんは、最初、キョトンとしていた。
 だけど吉野くんを見て、何があったか思い出したみたい。
 急に、火がついたように叫び出す。

「やーっ!」
「うわっ! 日向!」

 バタバタと手を振って暴れたかと思うと、背中を向けてうずくまる。
 まだ、嫌な気持ちはなくなっていないみたいだ。

「日向。話を聞かなかったのは悪かった。けど、父さんも心配してる。一緒に帰ろう」

 吉野くんが声をかけるけど、振り向きもしない。
 どうしよう。
 日向ちゃんを抱えて、強引に連れて帰ることはできると思う。
 けどそれじゃ、日向ちゃんの気持ちは晴れないまま。
 吉野くんもそれがわかってるから、声をかけ続けているんだよね。
 なら私も、できることをやらないと。
 しゃがみ込んで、日向ちゃんと同じくらいの目線になって、言う。

「ねえ、日向ちゃん。私、たっくんから聞いたんだ。日向ちゃんが、どうしてケンカしたのか」

 これを話すなら、今しかないって思った。
 日向ちゃんは、相変わらずこっちに背を向けたまま。だけど驚いたように、ビクリと肩を震わせた。

「けんくんに言われたんだよね。いつもお兄ちゃんしか迎えに来ないなんて、変だって」

 また、日向ちゃんの肩がビクリと揺れる。
 背中を向けてても、泣いてるんだったのがわかる。
 そして、それを聞いた吉野くんは、すごく驚いていた。

「俺しか迎えに来れないの、そんなに嫌だったか? 父さん。それか、母さんが迎えに来た方がよかったか?」

 吉野くんの声は、少しだけ震えてる。
 本当は、お父さんお母さんに迎えに来てほしいから、ショックで怒った。そう思ってる。
 けど多分、そうじゃない。
 日向ちゃんが怒った理由は、きっとその逆だ。

「日向ちゃんは、お兄ちゃんのことが大好きだから怒ったんだよね。お兄ちゃんが迎えに来るの、少しも変じゃないから」

 少しだけ、日向ちゃんが振り返って、こっちを向く。
 やっぱりそうだったんだ。
 吉野くんは日向ちゃんのことが大好きで、日向ちゃんも吉野くんのことが大好き。なら、そんなこと言われて怒る理由なんて、それしかない。
 私は、そんな日向ちゃんの気持ちが、少しだけわかった。

「私もね、小さいころお母さんが亡くなったの。その頃、お父さんはお仕事で忙しくて、お姉ちゃんがたくさん面倒見てくれたんだ。日向ちゃんのお兄ちゃんが、日向ちゃんのこと、たくさん可愛がってるみたいに」

 これには、吉野くんも息を飲む。
 この話、吉野くんにもまだしてなかったからね。
 お母さんがいないのもお父さんが忙しかったのも、寂しくなかったわけじゃない。
 けど私には、お姉ちゃんがいてくれた。たくさん面倒見てくれて、たくさん可愛がってくれた。
 そんなお姉ちゃんが大好きで、たっくんの面倒見るようになったのも、最初は、お姉ちゃんの手伝いがしたいからだった。
 日向ちゃんの境遇は、そんな私とちょっと似てる。
 昔、お父さんやお母さんじゃなく、お姉ちゃんに面倒見てもらうのを変だって言われて、すごく嫌な気持ちになったんだ。
 けど、だからこそ言える。

「お兄ちゃんが日向ちゃんを迎えに来るのは、ちっとも変じゃないよ。日向ちゃんは、お兄ちゃんが迎えに来るの、嫌?」

 そのとたん、日向ちゃんは大きく首を横にふる。そんなことないって言ってるみたいに、何度も何度も横にふる。
 そんな日向ちゃんを、吉野くんはギュッと抱きしめた。
 抱きしめて、何度も何度も背中をさすって、頭を撫でる。

「ちゃんと話聞いてやれなくて、ごめんな。俺のこと、そんなに大事に思ってくれて、ありがとな」

 吉野くんに抱きしめられた日向ちゃんは、相変わらず泣いているのに、とても嬉しそうに見えた。
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