氷の王子様は子守り男子

全力リレー

一番になる。
 そう約束した実行委員対抗リレーも、いよいよ本番。
 スタートの合図と共に、第一走者が一斉にスタートする。

「頑張れーっ!」

 生徒や保護者から声援が飛ぶ。
 たっくんや日向ちゃんも応援してるかな?
 そう思うと、自然と体に力が入る。

「俺たちの出番は最後の方だろ。それまでリラックスしてた方がいいぞ」
「そんなこと言ったって、私は走るの普通レベルだし、プレッシャーだよ」
「俺だってプレッシャーは感じてるぞ。なにしろアンカーだからな」

 そう。走る順番はくじ引きで決めたんだけど、その結果吉野くんはなんとアンカー。そして私は、そのひとつ前。二人とも、勝負を決める大事なポジションだ。
 実行委員になったのもくじ引きだったし、私たちのくじ運凄すぎない?

「けど心配しなくても、活躍できるチャンスはあるぞ。他のやつらも、特別速いわけじゃないからな」

 たしかに。実行委員ってくじ引きや成り行きでなった人が多いから、特別運動神経がいいってわけじゃない。中には手を抜いて走る人もいそう。
 それなら、私でもがんばれば一番になれるかも。
 今はどの組も大差なく、ほとんど横一線。そのままリレーは進んでいって、いよいよ私の番が近づいてきた。

「頑張れよ」

 吉野くんに応援されて、レーンに立つ。
 嬉しいことに、私の組が一位だ。そのままバトンを受け取ると、一気に走り出した。
 たっくんや日向ちゃん、見てるかな?
 そのまま誰にも追い抜かれることなく、コーナーを回る。
 これは、イケそう!
 少し先に、アンカーの吉野くんが構えているのが見えた。
 もう少し。もう少しで、一位のままバトンを渡せる。
 だけど、焦りすぎたのかもしれない。
 最後の直線に入ったところで、急に足がもつれた。

「うわっ!」

 体勢を立て直そうとしたけど、遅かった。
 吉野くんにバトンを渡すほんの少し前で、大きく転倒してしまう。

「痛っ!」

 倒れた私を避けて、後ろにいたランナーが、次々と追い抜いていく。
 あっという間にビリになる。

「いけない!」

 慌てて起き上がって走り出すけど、結局ビリのまま、吉野くんにバトンを渡す。

「ご、ごめん!」

 せっかく応援してもらったのに、吉野くんだって一番になるって約束したのに、このままじゃ酷い結果になっちゃう。
 なのに、なんでだろう。
 その瞬間、吉野くんは笑ってた。
 まるで、私を安心させるように。

「大丈夫だ。あとは任せろ」

 一言、それだけを言って走り出す。
 背中が、あっという間に遠ざかる。

(早い……)

 圧倒的だった。
 前を走っているランナーを、一人また一人と追い抜いていく。
 吉野くん。スポーツが得意ってのは知ってたけど、こんなに速かったんだ。
 一気に追い上げていく吉野くんに、今まで以上に大きな歓声が飛ぶ。
 だけどもうゴールは目前。今の順位は二位で、あと一人追い越せるかはギリギリだ。
 歓声がさらに大きくなり、私も思いっきり叫んだ。

「吉野くん! 頑張ってーっ!」

 そしてゴール直前、ついに吉野くんが追い抜いた。
 一位だ!

「やった! すごいすごい!」

 まさか、あれから一位でゴールできるなんて。
 見事な逆転勝利に、今日一番の拍手が贈られる。
 そして吉野くんは、すぐに私のところにやってきた。

「すごいよ吉野くん!」
「任せろって言ったろ。それより、足は大丈夫か?」
「えっ、足?────痛っ!」

 言われて、足にズキリと痛みが走る。
 本当はずっと痛んでたんだろうけど、興奮で感じなかったみたい。
 だけど、今は無理。

「保健室、行った方がいいかも」
「歩いて行けそうか?」
「多分……」

 足を引きずって行けば大丈夫。少し時間はかかりそうだけど。
 そう思った次の瞬間、私の体がフッと宙に浮く。

「えっ? えっ? えぇぇぇっ!」

 吉野くんが、私を抱え上げていた。
 ちょっと待って。これっていわゆる、お姫様抱っこってやつ!?

「だ、だから、歩いて行けるって!」
「けど、痛むんだろ。なら、俺が運んで行った方がいい。ケガ人の対応も、実行委員の仕事だ」
「そ、そうだけど!」

 全校生徒や家族もいる前でお姫様抱っこって、すごく恥ずかしいんだけど!
 お姉ちゃんたち、これ見てなんて思うかな?

「どうしても嫌ならやめるけど、俺としては心配だから、このまま連れていきたい。どうする?」
「うぅ……」

 ズルいよ。そんな言い方されたら、やめてなんて言えないじゃない。

「お、お願いします」

 やっとの思いでそう言うと、吉野くんは私を抱えたまま校舎に向かう。
 それを見た人たちは、さっきまでとは別の意味で歓声をあげていた。
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