古本屋の魔女と 孤独の王子様

副社長は多忙につき 李月side

大都会東京のオフィス街の一角。
男は45階の窓ガラスから眼下を見下ろす。

車のライトが道をキラキラと煌めき、規則正しく並んでみえる。繁華街辺りは眩しいくらいのネオンで照らされ、住宅街との違いを見せつけていた。

昨日から振り続けている雨だけが、この汚れた世界を綺麗に洗い流してくれているかのように見える。

束の間仕事の手を止めて、男はボーっと景色を見つめていると、波の音が聴こえてきた気がして…。

ハッと我に帰る。
ここは東京大都会…波の音なんて聞こえる訳がない…。
幼い頃の記憶がふと甦る。
このところ働き過ぎだと本人も自覚するほど、プライベートがほとんどない。

休日は親の言いつけに従って、知らない女に会って、見合いの真似事をさせられ、仮面の如く穏やかで才能あふれた御曹司を演じている。
俺はいつから自我を無くしたのだろうか…。

演じているうちに、自分が本当は何をしたいのか…何者なのか…分からなくなっていた。

俺はまるで、親の思い通りに生きる人形だ。どこか他人事のように自分のことを見ていた。

おもろに副社長室のデスクに座り、明日の予定を頭に浮かべる。
男は1つため息を吐き天を仰ぐ。

ブルブル…ブルブル…

仕事用のスマホがデスクの引き出しの中で震えている音を聞く。男がスマホを取り出し、通話ボタンを押すと、
「はい…。」

『もしもし、副社長ですか?
酒井です。あの例の本どうにか手に入りそうです。』
酒井の声は珍しく元気で、心なしか弾んでいるように感じる。

「…古本屋は全て駄目だったんじゃなかったのでは?」

『はい、そうなんですけど、ダメ元で近くの図書館に行ってみたんです。そうしたら、そこの図書館員から有力な情報を頂きまして…。』
こいつは人の扱いが上手い。
…今度は誰を操っているのだろうか?と男は思う。

「今月末までに何とかなりそうですか?」

『はい、明日その方に協力してもらい、夜までには届けられると思います。』

「そうですか…。充分な謝礼を渡して上げてください。」
可哀想にと彼の犠牲者が1人増えた事を哀れみ、男は特に気にする事無く話しを終えた。
元はと言えば、老人の戯言から始まった事だ。
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