古本屋の魔女と 孤独の王子様
1階受付近くの応接間に、雨宮優奈は鎮座していた。

目に染みるような真紅のワンピースを来て、まるで自分の庭かの様に足を組んで李月を待っていた。

フーッと深く息を吐き、今夜も疲れそうだなと李月は、うんざりした気持ちをひた隠し笑顔を作る。

「お待たせしました。今夜は何か約束でもしましたか?」
にこやかな雰囲気を醸し出して、当たり障りなく彼女に近寄る。

「李月さん、会いたかったわ。
もう、お忙しいからって私の事をほっとかないで下さいね。お義父様に言い付けてしまいますわよ。」
彼女的には、小悪魔な要素を醸し出しているつもりだろうが…ただの脅しにしか聞こえない。

「それにしてもここの受付の人、変えるべきだと思いますよ。私の事を直ぐに通してくれないのよ?
李月さんの婚約者だって言ってるのに、顔も覚えようとしないし失礼じゃない?」
それは俺の為にしてくれている事で、こちらとしては正しい対応だ。李月は心でそう思いながら、

「1日に何百人もの人に会っているから仕方ないと思いますよ。それに彼女達はこの会社の警護を担っていると言っても過言じゃなから、警戒して当然だと思います。許してやって頂きたい。」
微笑みを絶やさず、だけど懐に入り込む事も許さない。李月の心に入り込む人間は未だかつて1人といない。

いや…かつて幼い頃に1人だけ…居た。
心を許せる人間が…。

それから彼女が喜びそうな、高級ホテルの最上階のレストランに行き、彼女が満足出来るワインと食事を用意し、完璧な彼氏を演じきる。
「李月さん…ちょっと酔ってしまったみたい。今夜はここに泊まって行きましょうよ。」
艶かしく真っ赤なリップの唇で彼女が彼を誘う。

「分かりました。部屋を取りますのでご自由に泊まって行って下さい。僕はあいにく明日も忙しいので、これで失礼します。」
いつだって釣れない対応で、必ず帰ってしまう彼氏に、物足りない彼女は地団駄を踏む。

婚約して3ヶ月、こんなに積極的に迫ってもキスの一つも交わさない。これほどのイケメンに長身、おまけに大手企業の御曹司。こんな完璧な婚約者なんていないと思うのに、なかなか手を出してもくれない。

スイートルームに1人残され、雨宮優奈は今夜も下唇を噛み、全くその気を見せない婚約者の、立ち去る背中を睨み今夜も更けていく…。
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