古本屋の魔女と 孤独の王子様
「彼女に今、電話して名前を聞いてみましょうか?」
出来た秘書はそう李月に提案する。

そして少しの間の後、
「いや…帰って来てから改めてお礼をしたいので、彼女と直接会う予定をつけて下さい。」
と、秘書に伝える。

『古本屋の魔女』かつてこの名が彼女の代名詞だった。それを知っているのは、その当時島に住んで居た者と俺だけだ…そう李月は思うと、無性に彼女に会いたいと思う衝動を抑える事が出来なかった。

彼女の事を考えるだけで、ドクンドクンと心臓が痛いくらい高鳴るのは何故なのか…今の李月にはまだ気付く余地は無い。

ただ、幸せだったあの島での日々を思い出し、ノスタルジックになっているだけだと、自分に言い聞かす。

「分かりました。では、彼女には東京に到着次第、本を持ってこちらに来るように伝えます。予定通り帰りの便に間に合えば、こちらには19時頃戻って来れますので、20時からの会食には間に合う筈です。」

そうだ…今夜は20時から父と共に某大物政治家との会食が入っている。これは重要案件だから、必ず来るようにと、父から御達しが直接あったところだ。

1分たりとも遅刻する訳にはいかないだろう…。
李月はそう思い、フーッと人知れずため息を吐く。

父の魂胆はよく分かっている。
その大物政治家に媚を売って、今度都内で建設予定の市役所関係の施設を、うちで施工出来るように手を回したいんだと…。

これは官整談合のようなものであり、法に触れるギリギリのところだ。資金や援助金などをこの場で渡せば賄賂になる。

うちはクリーンを売っている大手企業だ。
賄賂など渡さなくても、落札には実績共にうちが有力だと豪語するが、少しでも探りを入れたくなるのは父の弱点だ。

どこかの誰かに足を引っ張られないよう、会う際には最新の注意を払わなければならない。だから、いつもこういう微妙な会食は俺を伴う。
そうすれば表向きは、息子の紹介的な名目になるからだ。俺はどこまでも父にとって、扱いやすい駒の一つに過ぎない。
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