古本屋の魔女と 孤独の王子様
20時に御用達の割烹料理店の暖簾をぐぐる。

その頃には雨もまばらになっていた。
李月は父と合流し、某大物政治家の接待に徹する。 

事前に彼は酒をこよなく愛しているとの情報を聞き、なかなか手に入らない銘酒を手土産に用意して来た。

先程から李月を相手に政治家は、上機嫌で酒のうんちくを話して聞かせてくるから、作り笑いを浮かべながらそれに相槌をうち、適当なところで感心し、聞き役に徹する。

ブルル…ブルル…

李月の胸ポケットに入れたスマホが震える。

前田からのメッセージかもしれない…そう思うと居ても立っても居られなくなり、

「すいません、ちょっとお手洗いへ行って来ます。」
と席を立つ。
廊下に出ながら素早くスマホをチェックする。

『お疲れ様です。
今、『古本屋の魔女』様を無事お迎えしました。
今から彼女のご自宅にお送り致します。
お名前をお聞きしたのですが、残念ながら教えて頂けませんでした。』

そうか、魔女の事だ…人一倍警戒心が強い筈だ。

子供の頃の記憶を辿ると、極度の人見知りだった事を思い出す。
雨の日は古本屋で遊ぶ事が多かったのだが、客が来ると直ぐに俺の後ろに隠れていた。

李月はそんな事を思い出し、1人微笑みを浮かべた。

『連絡先は繋げられそうですか?
もしも無理そうなら、明日、閉館時刻に合わせて伺うと伝えて下さい。』

無理強いは出来ない…李月はそう思い直す。
今の時点で、俺が誰なのかなんて知る筈無いし、子供の頃の記憶だって残っていないかもしれない。

直ぐに既読が付いて、
『了承しました、お伝えします。
また、送り届けましたら連絡します。』
律儀な前田の事だから信頼はしている。きっと彼女の事を話せば協力は惜しまないだろう。

だからといって彼女とはただの幼馴染だ。偶然会えたからと、それ以上でもそれ以外にもなり得ない。
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