古本屋の魔女と 孤独の王子様
これ以上言う余地のない酒井は、仕方なくお疲れ様でしたと告げて、その場を立ち去る。

「お待たせしました。」
前田が運転するハイヤーに飛び乗り、彼女が働いている図書館へと急ぐ。

「私はこちらで待機しておりますので、いってらっしゃいませ。」
前田は控えめにそう言って、図書館の玄関ロビーで李月を下ろす。特に何か指示した訳でも無いのに、彼はいつだって察してくれる。

「ありがとう。今日はこれで任務終了にして下さい、お疲れ様でした。」
そんな前田にさえも李月は一線を引いてしまう。

彼が良い人なのは重々知っている。付き合いはまだ3年だが、彼の気配りに何度救われたか分からない。

ただ、李月は警戒心を崩さない。

図書館閉館まで5分前、
館内は蛍の光が流れている。
李月は早足で貸出しカウンターに向かう。

2人いる図書館員のうち1人に迷わず焦点を定めて、足を運ぶ。

黒縁メガネで黒目がちな大きく澄んだ目は、長めの前髪で隠されている。長く黒いストレートの髪を後ろに一つで縛っている。肌は白く透き通っている。

彼女だ…。
李月はそう思うと、否応無く高鳴る自らの鼓動に戸惑いながら、彼女に話しかける。

「こんばんは。
こう言う者ですが、昨日はありがとうございました。」
何気ない風を装って事務的な動きで名刺を差し出す。

「いらっしゃいませ。こんばんは…。」
彼女は今日、何回も繰り返しただろう挨拶を反射的に返す。そして、差し出された名刺を何気なく見て手を止める。

何かを感じてくれただろうか?
李月は少し期待しながら、彼女の顔色を伺うが、前髪がじゃまをして表情は分からない。

「運転手の前田さんから伺っております。申し訳ありませんが、閉館後でも構いませんか?少しお待たせすると思いますが…。」

周りの目を気にしてか、彼女は早口でそう言って李月を見る。
彼もそのつもりだったから、それは構わない。むしろ出来れば時間が欲しいから、その方が好都合だと返事を返す。

「大丈夫です。この後予定はありませんから、向かいのコーヒーショップで待ってます。」
李月も口早に返し、図書館を後する。
彼女の事は一目瞭然だった。いつだってモノトーンに見える李月の世界で、彼女だけが色鮮やかに見えたのだから。 

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