古本屋の魔女と 孤独の王子様

李月side

向かいのコーヒーショップで彼女を待つ。
あまり待つと言う行為をしたことがなかったが、心が弾むのを止めることが出来ないでいた。

10分ほどだっただろうか…。
「すいません…お待たせしました。」
と、少し息を切らして彼女が俺の前に現れる。   

浮き立つ気持ちを抑えて、俺は注文しておいた紅茶を彼女に手渡しながら席を立つ。
「場所を変えましょう。もう少し静かな場所で話がしたい。」
彼女は小さく頷いて俺の後をついてくる。

あの頃の面影を少し残して大人びた彼女は、誰よりも美しく俺の目に写っていた。 
人並みを抜けて路地裏に足を踏み出せば、
「あの…先に、本を渡したいのですが…。」
警戒心の強い彼女の事だ。少し怯えているように思い安心させるために、

「この近くに、知り合いがやってるレストランがあるんです。そこの個室を用意したので少しだけお時間頂けないでしょうか?」
丁寧に話しながら足を進める。

小さなレストランの入口奥に個室がある。このオフィス街で見つけた、唯一俺がホッと出来る隠れ家的な存在だった。
ここは秘書の酒井はもちろん、運転手の前田さんにも教えていない。

レストランは白壁塗りで床は茶系のテラコッタタイルが敷かれ、ヨーロッパの風情を醸し出している。その室中はランプの暖かい灯りで照らされ、それだけで心癒される。

個室に一歩足を踏み入れれば、途端に街の喧騒から離れて、優しいクラッシックが流れるだけの、穏やかな空間が広がっていた。

「どうぞ。」
彼女の為に椅子を引き、俺は紳士的な態度を崩さず、出来るだけ怖がらせないようにと細心の注意を払う。

「いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。」
と、頃合いを見て店の亭主がメニューと水を運んで来てくれる。
「お腹空いていませんか?お礼を兼ねてですので、気にせず好きな物選んで下さい。」
と、当惑気味の彼女に素知らぬ顔してメニューを渡す。
「えっと…。」
彼女は流されるようにメニューを見ているが、どうするべきか考えあぐねているようだ。

それはそうだろう…
見ず知らずの男から突然夕飯を奢られる事なんて、これっぽっちも考えなかっただろうし。
「俺はいつもおまかせコースを頼むから一緒でいい?」
と提案すると、
「はい…。」
と言葉少なに言うから2人分を注文する。

その後、どうしても今の彼女の事が知りたくて、酒は飲めるのか、スイーツは好きか、嫌いな食べ物はないのかとかいろいろ質問してしまう。
彼女はそんなたわいも無い質問に、戸惑いながらも丁寧に答えてくれた。

きっと俺の事なんて、彼女の記憶には残っていないかもしれない。
それでもまた再会できた事で、気持ちがあの頃に戻ったように、俺は知らないうちに敬語が取れて楽しいひと時を過ごした。

「ところで、名前を聞いてなかったな。教えてくれないか?」
何気なさを装って軽く聞いてみる。流されて教えてくれる事を期待したが、
「私の名前なんて…気になさらないで下さい。」
と、頑なに教えてくれないから、

「じゃあ、LIME登録させてもらえないか?」
と、その流れで思い切って聞いてみると、彼女はおもむろにカバンからスマホを取り出すから、
「普通は、こっちの方を拒んだ方がいいんじゃないか?」
俺が言うのもなんだが心配になってそう伝える。

「…私、この前秘書さんと、初めて繋げたばかりなので…対して影響ありませんから、大丈夫です。」
と、言ってくるから驚く。
今でも他人との繋がりは軽薄なんだと分かると、なぜか同志のような気持ちにもなって来た。
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