古本屋の魔女と 孤独の王子様
「副社長、いつになく楽しそうですね。」
運転席から、バックミラー越しに前田が言ってくるから、
「そう見えるのなら気のせいですよ。」
と素っ気ない返事をする。
楽しんではいけないのだ。彼女との事は誰にも気付かれてはいけないし、これ以上深入りするべきでは無い。
そう思う一方で、どうしたって気になってしまう。
本当にちゃんと病院に行ったのか、ちゃんと治るのだろうか熱を出してないだろうかと…。

一日の隙間で日向の事を想う。その週はそうやって心が忙しなく動く日々を送る。

そして金曜日、夕方からの社内会議が終わりに近付き、やっと今日1日の目処が付く。

そんな時間に秘書がこっそりやって来て、来客が来ていると耳打ちして来る。
「誰ですか?」
雨宮優奈だとしたら、今日は気分じゃないから追い返して貰おうと思い聞く。
「図書館員の方だと思います。返したいものがあると言ってるようなのですが、こちらで対応しましょうか?」

「いや、副社長室に通しておいてください。」
即答する俺に、秘書の酒井は驚きの顔を見せる。
「良いんですか!?」
再度確認する秘書に、
「終わり次第すぐ戻ります。」
と、伝える。

会議が終わり足早に副社長室に戻る。テンションが上がるのは致し方ない。
日向の顔が一目でも見れるのなら、たとえ彼女が怒っていたとしても構わない。

ガチャっとドアノブを回す。
応接用ソファに、黒縁メガネの彼女がちょこんと座っている姿を目に捉える。

笑顔が溢れそうになるのをひた隠し、
「お待たせしてすいません。」
と、彼女に近付く。

ふとテーブルの上を見ると、秘書が出したのかホットコーヒーが机に1つ置かれている。
「それ紅茶に変えてもらおうか?」
俺は何気なさを装って彼女に問う。

「…これで大丈夫です。すぐにお暇しますので…。」
彼女は硬くなな顔をして、俺を見ようともせずに話す。
「日向、手を見せて。」
俺はそんな彼女の態度には構わず、彼女の手を取り甲を見る。少し所々赤みは残っているが、あの日よりも良くなっていることを確認してほっとする。
その両の手をそっと握ると、ひんやりとして心地良い。
「あの…副社長さん、このお金はいただく訳にはいけません。」
彼女は早く用を終わらせてしまいたいかのように、俺の片手を振り払い、カバンから茶封筒を取り出して机に置く。

「日向、これだけ教えてくれ。俺のことが誰だ分かっているのか?」
彼女は観念したかのように頭をコクンと小さく縦に振る。
「あの島での事、俺は今でもよく覚えている。
日向は小さかったからそこまで覚えていないのかもしれないが…俺に友達と呼べるような奴は、今でもお前以外はいない。」
そう言って苦笑いをする。

日向の顔を見れば、明らかに目を泳がして動揺している。
「日向が探し出してくれた本は、俺にとって今後を左右する大事なものだったんだ。だからとても助かった。見つけてくれた日向には感謝しかない。だから、本代だと思って受け取って欲しい。本来ならもっと価値がある本なんだ。なんせ経済界の重鎮が読めと言った本なんだから。
そうだ。…例えば、古本屋の修繕費に使ってみたらどうだろうか?」
日向は少し考えて、
「…では、これはとりあえずお預かりして、おきます。…あの、手を離してもらえませんか?」

日向が戸惑いながら言う。
ああ、と俺は思いそっと手を離す。

対人恐怖症の日向が勇気を出して、俺のいる場所まで来てくれた。それだけで嬉しかったからつい、触れた手を離せないままでいた。

そして、これ以上は無駄だと悟ったのか、日向は諦めにも似たため息を吐いて、茶封筒をバックにしまう。
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