古本屋の魔女と 孤独の王子様
はぁはぁと息を吐きながら、それでも日向はこちらを振り返ってくれない。
俺は彼女の表情をどうしても見たくて、前に回り込む。
「日向…頼むから、俺から、逃げないでくれ。」
俺は息も絶え絶えに彼女に話しかける。

「…何で…あなたは副社長で…私はただの幼馴染で…偶然会ったに過ぎないのに…。私なんて放っておいて!」
ただの幼馴染…その言葉を聞いてズキンと心臓が痛む。
「…そうだな…でも俺にとって日向は、たった1人の友達だから放ってなんておけない。」

「婚約者さんが、どう思ったか…。」

「親が勝手に決めた婚約者だ。好きでも嫌いでもなかったが…日向をいじめる奴は嫌いだ。」
ああ、そうだ俺はこんな奴だった…。

日向と居ると不思議と簡単に自分を取り戻していた。
割と好き嫌いがハッキリしてて、いつだって日向のヒーローでいたかったあの頃。

「…そんな…子供みたいな事言って、いいの…副社長でしょ…。」
明らかにトーンが落ちた日向が、呆れたような、拍子抜けしたような声を出す。

俺もいくらか冷静になって、
「良いんだ…。本当はずっと前から無理だったんだ、ただ面倒だったから、体良く合わせていただけだ。」

そう言って、日向のメガネを強引に外す。
日向はハッとして、慌ててバッと両手で顔を隠してしまうけど、
「泣くなよ…俺の知らないところで泣くな。」
そう言って、堪らず日向を抱き寄せる。

強くなったと思った彼女は、ただの強がりで子供の頃と何ら変わっていなかった。
俺はそれに心底ホッとして、その涙を止めたいと思ってしまう。

「…泣いてない…。」
日向がぼそっと強がりを言う。
俺は小さな日向の頭をよしよしと撫ぜて、フッと笑う。
「こんな事…昔もあったな…。誰かから『魔女』って揶揄われて、強がって怒って泣いて、あの頃と同じだ。」

「強がって無い…李月を…助けたかったのに。…なんで私を追って来ちゃうの…。」
両手で覆われた顔は見えないが、少し震える身体から泣いている事は伝わる。

「ありがとう助けてくれて。だけど、俺だって日向を助けたいし守りたいんだ。大事な友達だから。」
そう言って、そっと離れて日向の両手をゆっくりと剥がす。

濡れそぼって真っ赤になった大きな目が俺を捉える。
ああ、綺麗だ。ずっと見ていたい…

あの頃と変わらず、その目に引き寄せられて魅了されてしまう。
「…メガネ返して…。」
日向の両手を握って、覗き込んだまま動かない俺に抗議の目を向けて来る。

怒っても可愛い。
「…手、離して…。」
もっと困らせたいと思ってしまうのは、子供じみているだろうか…。仕方なく日向の手を解放する。

そして、俺はポケットからハンカチを出して、その濡れてしまった顔をそっと拭く。

「日向を泣かす奴は誰だって許さない。俺が守ってやる。」
かつての俺が言ったであろうセリフを吐く。
「そう言って…居なくなったじゃない…。ずっと側にいるって言ってたのに…私を1人残して居なくなった。だから、李月の言葉は信じない…」
日向の涙が止めどなく溢れて出てくる。
止まらない涙を拭くが、ハンカチだけでは足りないくらいだった…。
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