古本屋の魔女と 孤独の王子様
「すいません。お待たせしました…。」

なぜ冴えない黒縁メガネの隠キャが、こんな素敵な男性を待たせているんだろう…
そう、店内が騒ついているような気がした。

「ありがとうございます。仕事終わりに申し訳ない。手短に話させて頂きますので…。」
男は…副社長秘書の酒井さんは、待ってましたとばかり、持ち帰り用のコーヒーカップを私に差し出し、まるで会議の如く話しを進めて行く。

「待っている間に調べさせて頂きました。明日、朝8時発の飛行機チケットを取りましたので、空港まではうちの会社の者を向かわせます。その後…」
…さすが大手の副社長秘書…仕事が早い…

実家がある島までの空路陸路の全ての手配を、待っている間に済ませたらしい。
「あ、ありがとう…ございます…。」
いつの間にか巻き込まれてしまった私を置いて、話しはどんどん進んで行く。
「で、貴方にチケットを送信したいのでメールアドレスかSMSでも良いです。繋げさせてください。」

副社長秘書はスマホを取り出し、慣れた手つきで、私のSMSアプリのQRコードとやらを開いて欲しいと言って来る。
「あの…そのアプリ使ってないんですけど…。」

東京に来て何かと連絡先は必要だと言われ、スマホはかろうじて持っているけれど、人との交わりを今まで拒んできた私は、SMSとやらはやった事が無く…大学時代ももっぱら学校からの連絡、提出等はメールでやり取りしていた。

「えっ…?」
ここでやっと、秘書の酒井さんの手が止まる。
「…LIMEやってないんですか…?今まで…一度も…⁉︎」
信じられないと言う目を向けられて、いささか居心地が悪くなるが、

「私…人間関係を築くのが苦手でして…そう言うSMSとかに縛られるのが嫌で…。」
恐る恐るそう伝えると…

「…マジかぁ…。」
副社長秘書の酒井さんが、口に手を当て初めて素の表情を見せる。
「すいません…マジです。」
申し訳なさを醸し出し、私はメールアドレスを伝えようと開き直る。
「あの、メアドならありますのでこちらで対応します。」
そう言うのに、

「いやいや…この際、LIMEやりましょう。絶対やった方が良い、簡単ですから。私がお教えします。」
瞬時に気を立て直した副社長秘書様は、私のスマホを勝手に操作し始め、勝手にアプリを落とす。

「あ、あの…私、本当にこういうの苦手で…。」

「苦手も何もありません。現代を生き抜く為に必要不可欠なアイテムですから。ご心配なさらなくても、こちらはプライベートのスマホではありませんから、社会人としてやっておくべきです。」
やたらと力説され、LIMEとやらのやり方を教わる事になる。
< 8 / 35 >

この作品をシェア

pagetop