婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました
口から飛び出した声は、思いのほか低かった。
王族の話を途中で遮るなど無礼千万。況してや王太子となる彼の提案を熟考も挟まずに一蹴したとあれば、幼少期からの付き合いであるアニスの教育係が悲鳴を上げることだろう。
だが、もはや知ったことではなかった。
「婚約は、白紙に戻していただいて構いません。しかしエブリン嬢の教育係はどうぞ他のご婦人をお雇いください」
「アニス、どうして。君は王家に忠誠を誓ってくれたじゃないか。エブリンも王家の一員となるのだから、同じようにしてくれたらいいんだよ」
まるで駄々をこねる幼子を諭すかのような口調に、アニスは引きつりそうになった頬を必死に押し留める。
周囲の同情する視線が、困惑の囁き声が、好奇の目が刺さる。
見世物にでもなった気分だ。今にも胃の中のものを戻してしまいそうだったが、アニスは扇で顔を隠し、必死に耐える。
「……わたくしは、王家に忠誠を誓っております。ですが、それは」
──生涯を共にする、あなたのためだったのに。
続く言葉を音にすれば、同時に涙も溢れてしまう気がして、アニスは唇を固く閉ざした。
しかし彼女が何を言おうとしたのか、やはりパトリックには正しく汲み取ることは叶わなかったらしい。彼は沈黙の中で視線を落とし、ぎゅっとエブリンを抱き寄せて告げる。
「分かっている。君は……僕じゃなくて、王家が大事だったんだろう? だから君には妃じゃなくて、臣下として側にいてもらう方が好ましいと思ったんだ。アニスの結婚相手は宮中伯かその辺りにして、僕とエブリンを支えてくれればと」
「ふ──ふざけるのも大概にしていただきたい、王子殿下!!」
怒声を上げたのは公爵、つまりアニスの父だった。アニスの立場を考えて出方を窺っていたのであろうが、パトリックの身勝手な言葉の数々にすっかり冷静さを削ぎ落されてしまったようだ。「この青二才が!」と杖を振り回す父を、母や兄が慌てて羽交い絞めにして抑え込む。
しかしそんな反応をされるとは思っていなかったのか、当のパトリックは狼狽えるばかり。本来であれば彼がこの騒ぎを毅然と鎮めなくてはならないのに、次第に貴族たちもざわざわと動揺を口にし始め、いよいよ収集がつかなくなってきた。
玉座では、老齢の国王が右往左往している息子をひたと見下ろしている。その眼差しから何の感情も読めないのはいつものことだが、今日ばかりは良くない感情がそこに宿っていた。
怒りと呆れ、それから──多大なる失望が。
その隣ではパトリックの母である王妃が何やら慌てた様子で声を掛けるが、国王は見向きもしない。
そうして、ついに国王が重い腰を上げようとした、そのとき。
「──ならば俺が求婚しても問題ないということですか」
よく通る声が、喧しい会場に響き渡った。
王族の話を途中で遮るなど無礼千万。況してや王太子となる彼の提案を熟考も挟まずに一蹴したとあれば、幼少期からの付き合いであるアニスの教育係が悲鳴を上げることだろう。
だが、もはや知ったことではなかった。
「婚約は、白紙に戻していただいて構いません。しかしエブリン嬢の教育係はどうぞ他のご婦人をお雇いください」
「アニス、どうして。君は王家に忠誠を誓ってくれたじゃないか。エブリンも王家の一員となるのだから、同じようにしてくれたらいいんだよ」
まるで駄々をこねる幼子を諭すかのような口調に、アニスは引きつりそうになった頬を必死に押し留める。
周囲の同情する視線が、困惑の囁き声が、好奇の目が刺さる。
見世物にでもなった気分だ。今にも胃の中のものを戻してしまいそうだったが、アニスは扇で顔を隠し、必死に耐える。
「……わたくしは、王家に忠誠を誓っております。ですが、それは」
──生涯を共にする、あなたのためだったのに。
続く言葉を音にすれば、同時に涙も溢れてしまう気がして、アニスは唇を固く閉ざした。
しかし彼女が何を言おうとしたのか、やはりパトリックには正しく汲み取ることは叶わなかったらしい。彼は沈黙の中で視線を落とし、ぎゅっとエブリンを抱き寄せて告げる。
「分かっている。君は……僕じゃなくて、王家が大事だったんだろう? だから君には妃じゃなくて、臣下として側にいてもらう方が好ましいと思ったんだ。アニスの結婚相手は宮中伯かその辺りにして、僕とエブリンを支えてくれればと」
「ふ──ふざけるのも大概にしていただきたい、王子殿下!!」
怒声を上げたのは公爵、つまりアニスの父だった。アニスの立場を考えて出方を窺っていたのであろうが、パトリックの身勝手な言葉の数々にすっかり冷静さを削ぎ落されてしまったようだ。「この青二才が!」と杖を振り回す父を、母や兄が慌てて羽交い絞めにして抑え込む。
しかしそんな反応をされるとは思っていなかったのか、当のパトリックは狼狽えるばかり。本来であれば彼がこの騒ぎを毅然と鎮めなくてはならないのに、次第に貴族たちもざわざわと動揺を口にし始め、いよいよ収集がつかなくなってきた。
玉座では、老齢の国王が右往左往している息子をひたと見下ろしている。その眼差しから何の感情も読めないのはいつものことだが、今日ばかりは良くない感情がそこに宿っていた。
怒りと呆れ、それから──多大なる失望が。
その隣ではパトリックの母である王妃が何やら慌てた様子で声を掛けるが、国王は見向きもしない。
そうして、ついに国王が重い腰を上げようとした、そのとき。
「──ならば俺が求婚しても問題ないということですか」
よく通る声が、喧しい会場に響き渡った。