婚約破棄されたら「血みどろ騎士」に求婚されました
アニスの戸惑いの声は、再び騒然となった人々に呑まれる。
杖を振り上げたまま彼女と似たような顔で「えっ」と声を上げている父はともかく、何故かパトリックまでもが驚愕に目を見開いていた。
「待て、辺境──」
「ふむ。それもよいな」
「父上!?」
国王はたっぷりと蓄えた白い髭を撫でつけ、年老いてもなお鋭い眼光を湛えた瞳でアニスを見遣った。
「アニスよ。優秀なそなたが儂の娘となる日を楽しみにしておったが……どうも息子がそれを望んでおらぬようだ。そなたの長く貴重な時間を、このようなふざけた茶番一つで無駄にした王家の罪は重かろう」
抑揚に乏しい声でありながら、そこに込められた明確な怒りがパトリックに伝わったのだろう。サッと顔を青くして閉口すれば、彼の隣にいるエブリンも縮こまる。
「このルディ・ラングレンは我が国を守る盾そのもの。すなわち王家の盾でもある。アニス、そなたにまだ我らへの忠誠が残っておるのなら、彼と共に歩む道も考えてはくれぬか」
「陛下……」
「そなたの未来だ、よく考えなさい。──宴は中止だ。マーヴィン、少し話そう」
国王が席を立ち、愕然とする王妃を置いて近衛騎士と共にさっさと退場してしまえば、取り残された貴族たちのざわめきが大きくなる。マーヴィン──名指しで呼び出されたアニスの父も、ハッと我に返っては慌てて会場を出ていった。
それに併せて母と兄から手招きをされ、呆気に取られていたアニスもそちらへ向かおうとしたのだが。
「あっ」
緊張で固まっていたのか、足が縺れてつんのめる。こんなところで転んで要らぬ羞恥を買いたくはないのに、とアニスが目を瞑ったとき、何とも頑丈すぎる腕に抱きとめられた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、ゆっくりと顔を持ち上げる。アニスを片腕で軽々と受け止めたのは、やはりルディだった。
「ありがとう、ございます。辺境伯様……」
礼を述べながら、こんなに異性と近付いた試しがなかったアニスは頬を赤らめてしまう。
対するルディも僅かに目を丸くして、咳払いと共にそっぽを向いた。
「足は痛めていないか」
「は、はい。おかげさまで」
そろりと姿勢を立て直して答えれば、彼は「そうか」と短く返しては、その逞しい腕を軽く差し出す。
「ご家族の元まで行くのだろう。杖代わりに使ってくれ」
「まぁ」
斬新なエスコートの申し出にアニスは少し呆けてしまったが、ここで断るのも気が引ける。家族とパトリック以外の男性と腕を絡めるなんて、今までは考えられなかったが──もう婚約は終わってしまったのだしと、遠慮がちに手を添えた。
彼女の行動を遠くで見ていたパトリックが、呆然と立ち尽くしていたことなど露知らず。
杖を振り上げたまま彼女と似たような顔で「えっ」と声を上げている父はともかく、何故かパトリックまでもが驚愕に目を見開いていた。
「待て、辺境──」
「ふむ。それもよいな」
「父上!?」
国王はたっぷりと蓄えた白い髭を撫でつけ、年老いてもなお鋭い眼光を湛えた瞳でアニスを見遣った。
「アニスよ。優秀なそなたが儂の娘となる日を楽しみにしておったが……どうも息子がそれを望んでおらぬようだ。そなたの長く貴重な時間を、このようなふざけた茶番一つで無駄にした王家の罪は重かろう」
抑揚に乏しい声でありながら、そこに込められた明確な怒りがパトリックに伝わったのだろう。サッと顔を青くして閉口すれば、彼の隣にいるエブリンも縮こまる。
「このルディ・ラングレンは我が国を守る盾そのもの。すなわち王家の盾でもある。アニス、そなたにまだ我らへの忠誠が残っておるのなら、彼と共に歩む道も考えてはくれぬか」
「陛下……」
「そなたの未来だ、よく考えなさい。──宴は中止だ。マーヴィン、少し話そう」
国王が席を立ち、愕然とする王妃を置いて近衛騎士と共にさっさと退場してしまえば、取り残された貴族たちのざわめきが大きくなる。マーヴィン──名指しで呼び出されたアニスの父も、ハッと我に返っては慌てて会場を出ていった。
それに併せて母と兄から手招きをされ、呆気に取られていたアニスもそちらへ向かおうとしたのだが。
「あっ」
緊張で固まっていたのか、足が縺れてつんのめる。こんなところで転んで要らぬ羞恥を買いたくはないのに、とアニスが目を瞑ったとき、何とも頑丈すぎる腕に抱きとめられた。
ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら、ゆっくりと顔を持ち上げる。アニスを片腕で軽々と受け止めたのは、やはりルディだった。
「ありがとう、ございます。辺境伯様……」
礼を述べながら、こんなに異性と近付いた試しがなかったアニスは頬を赤らめてしまう。
対するルディも僅かに目を丸くして、咳払いと共にそっぽを向いた。
「足は痛めていないか」
「は、はい。おかげさまで」
そろりと姿勢を立て直して答えれば、彼は「そうか」と短く返しては、その逞しい腕を軽く差し出す。
「ご家族の元まで行くのだろう。杖代わりに使ってくれ」
「まぁ」
斬新なエスコートの申し出にアニスは少し呆けてしまったが、ここで断るのも気が引ける。家族とパトリック以外の男性と腕を絡めるなんて、今までは考えられなかったが──もう婚約は終わってしまったのだしと、遠慮がちに手を添えた。
彼女の行動を遠くで見ていたパトリックが、呆然と立ち尽くしていたことなど露知らず。