ひばりの空
それから数日が経った。ニュースは連日地震で埋め尽くされ、被災地の情報が入ってくるようになった。
幸い死者は少なかったものの家屋の被害が大きいようだ。運が良かったのは交通網が絶たれなかったことだという。道路や高速道路は改修工事を終えたばかりだった。
それでもインフラは打撃を受けたし、ライフラインは止まったままらしい。しかし一方で冬は雪の降る地域なので、冬でも夏でもない季節だったのがまた幸運だったとテレビで言っていた。
『自衛隊、災害地派遣へ』
そんな見出しを見つけて常田のことを思い浮かべたが、すぐに気付かないふりをした。もう私には関係ない。常田個人にではなく、現地に赴く自衛官全員に感謝するだけだ。
そう平静を保とうとしていたところに水を刺されたのはその日の昼休みだった。
「ひばり、麻衣。」
声をかけてきたのはあの日合コンに参加していたもう2人だ。
「あの合コンに来てた人たち、皆自衛隊の人だったんだね。」
ひばりと麻衣は顔を見合わせた。ひばりと麻衣はとっくに知っていたが、彼女たちは知らされていなかったのか。
「どうかしたの?」
麻衣のその問いに声をかけてきた子は肩をすくめて不満げな顔をした。
「明日会う約束してたのに災害地派遣になったからって断られたの。」
「え、そうなの?」
「そう。単純な距離は離れてるけど、何だかんだ1番近いんだってさ。」
ということは常田も行くんだろうか。押し込めていた胸のザワつきがひょっこりと顔を出した。その子はそんなひばりに気付かず話し続けた。
「あの日の参加者全員行くらしいよ。はーあ。自衛官かっこいいしいいなって思ったけど、現実知ったら無理だわ。調べたら転勤も多いんでしょ? 年的に私には無理だったわ。」
麻衣はそれに「そっかー」なんて適当に相槌を打った。
「また機会あったらよろしく、麻衣。」
「分かった。」
そう言って去って行った2人の背中をボンヤリと眺めていた。そんなひばりに麻衣は苦笑した。
「大丈夫だよ、ひばり。」
「え?」
「常田さんたちが行ってるのは災害地支援だもん。何もないよ。」
「うん…。」
そうだ。別に海外の紛争地帯に送られたわけじゃない。震災後は治安が悪化するというが、あくまでここは日本だ。何もない。
「それにしても、やっぱり自衛官の恋人って大変なんだね。」
「そうだね…。」
自衛官の妻になったらただ無事を祈って帰りを待つだけではない。階級が上がれば定期的に転勤もある。
見知らぬ誰か、ひいては国のために命を張っているのに本当に大変な職業だ。それをただかっこいいからと言う常田はおかしいのかもしれない。そんなことを思って嘲笑した時だった。
「また地震だ。」
またポツリと誰かが言った。大きな地震の後は余震が続く。だからこれもそうなんだと思った。
「え、最大震度…7って…!」
スマホを見ていた麻衣が慌ててひばりに画面を見せてきた。震源地は先日の地震から大きく離れた場所ではない。
「この間の地震より今の地震の方が大きいってこと?」
「……こっちが本震なのかも。」
冷静なひばりの言葉を聞いて麻衣の顔がサッと青ざめた。
「ひばり、常田さんに連絡しなよ…!」
「言ったでしょ、もう終わったの。」
「意地っ張り!」
そう言われてひばりは何も言えなかった。けれどこの意地は貫き通したい。麻衣に訊けば常田の連絡先なんてすぐに分かる。けれど自分から行動は起こしたら負けだ。
「私はずっと意地っ張りだよ。」
そう返されて麻衣はもうこの件はひばりに口出しすべきではないと改めて思った。
そしてその日の帰宅時、新たな被災情報を見て唇を噛み締めた。現地に派遣された自衛隊の安否なんてニュースじゃ確認できない。そんなこと、分かっていたはずなのに。連日のニュースでは現地の被災者情報を得るのが限界だった。
幸い死者は少なかったものの家屋の被害が大きいようだ。運が良かったのは交通網が絶たれなかったことだという。道路や高速道路は改修工事を終えたばかりだった。
それでもインフラは打撃を受けたし、ライフラインは止まったままらしい。しかし一方で冬は雪の降る地域なので、冬でも夏でもない季節だったのがまた幸運だったとテレビで言っていた。
『自衛隊、災害地派遣へ』
そんな見出しを見つけて常田のことを思い浮かべたが、すぐに気付かないふりをした。もう私には関係ない。常田個人にではなく、現地に赴く自衛官全員に感謝するだけだ。
そう平静を保とうとしていたところに水を刺されたのはその日の昼休みだった。
「ひばり、麻衣。」
声をかけてきたのはあの日合コンに参加していたもう2人だ。
「あの合コンに来てた人たち、皆自衛隊の人だったんだね。」
ひばりと麻衣は顔を見合わせた。ひばりと麻衣はとっくに知っていたが、彼女たちは知らされていなかったのか。
「どうかしたの?」
麻衣のその問いに声をかけてきた子は肩をすくめて不満げな顔をした。
「明日会う約束してたのに災害地派遣になったからって断られたの。」
「え、そうなの?」
「そう。単純な距離は離れてるけど、何だかんだ1番近いんだってさ。」
ということは常田も行くんだろうか。押し込めていた胸のザワつきがひょっこりと顔を出した。その子はそんなひばりに気付かず話し続けた。
「あの日の参加者全員行くらしいよ。はーあ。自衛官かっこいいしいいなって思ったけど、現実知ったら無理だわ。調べたら転勤も多いんでしょ? 年的に私には無理だったわ。」
麻衣はそれに「そっかー」なんて適当に相槌を打った。
「また機会あったらよろしく、麻衣。」
「分かった。」
そう言って去って行った2人の背中をボンヤリと眺めていた。そんなひばりに麻衣は苦笑した。
「大丈夫だよ、ひばり。」
「え?」
「常田さんたちが行ってるのは災害地支援だもん。何もないよ。」
「うん…。」
そうだ。別に海外の紛争地帯に送られたわけじゃない。震災後は治安が悪化するというが、あくまでここは日本だ。何もない。
「それにしても、やっぱり自衛官の恋人って大変なんだね。」
「そうだね…。」
自衛官の妻になったらただ無事を祈って帰りを待つだけではない。階級が上がれば定期的に転勤もある。
見知らぬ誰か、ひいては国のために命を張っているのに本当に大変な職業だ。それをただかっこいいからと言う常田はおかしいのかもしれない。そんなことを思って嘲笑した時だった。
「また地震だ。」
またポツリと誰かが言った。大きな地震の後は余震が続く。だからこれもそうなんだと思った。
「え、最大震度…7って…!」
スマホを見ていた麻衣が慌ててひばりに画面を見せてきた。震源地は先日の地震から大きく離れた場所ではない。
「この間の地震より今の地震の方が大きいってこと?」
「……こっちが本震なのかも。」
冷静なひばりの言葉を聞いて麻衣の顔がサッと青ざめた。
「ひばり、常田さんに連絡しなよ…!」
「言ったでしょ、もう終わったの。」
「意地っ張り!」
そう言われてひばりは何も言えなかった。けれどこの意地は貫き通したい。麻衣に訊けば常田の連絡先なんてすぐに分かる。けれど自分から行動は起こしたら負けだ。
「私はずっと意地っ張りだよ。」
そう返されて麻衣はもうこの件はひばりに口出しすべきではないと改めて思った。
そしてその日の帰宅時、新たな被災情報を見て唇を噛み締めた。現地に派遣された自衛隊の安否なんてニュースじゃ確認できない。そんなこと、分かっていたはずなのに。連日のニュースでは現地の被災者情報を得るのが限界だった。