ひばりの空
それからしばらくして、常田に内示が出た。
「遠方の基地に異動することになったんだ。」
週末に例の和食カフェに訪れたときのことだった。「そっか」と言ったひばりは生姜焼きを頬張ってもぐもぐしながら常田を見つめた。一方の常田はあっさりとしたひばりの態度に面食らっていた。もうちょっと悲しむとかないのかなと女々しいことを考えたときだった。
「じゃあ私仕事辞めるね。」
想像の斜め上をいく言葉に常田は咽せた。
「え? 辞める?」
「ついてきてって話じゃないの?」
小首を傾げるひばりに、常田はいつものグッと堪える顔をする。しかし付き合う前と付き合った後とでは堪えるものが違うので、遠慮なく感情を漏らす。
「可愛い…。」
ひばりは定番になったそれに吹き出しながら、何度も付き合う前を思い出す。いつも何を堪えているのかと思えば、どうやら堪えているというよりは攻撃を食らっていたらしい。
「ってそうじゃなくて。ついてきてくれるなら…そりゃ嬉しいけど…、そんな簡単に決めていいの?」
不安げに見上げる常田を見てひばりはまた笑った。
「今更。付き合うって決めた段階でその辺も覚悟してたもん。」
「さすが…。」
「自衛官大好きですから。」
2人の交際はかなり順調だった。それはひばりの自衛官に対する理解があったからというのも大きな要因の1つだった。
「…本当にいいの?」
「うん。自衛官やってる弘樹が好きなんだもん。私が支えられるなら支えたい。」
常田は両手で顔を覆うと悩ましげな声を出した。
「なんで店の中でそんなこと言うの。テーブル邪魔なんだけど。すっごい抱き締めたい。」
常田の左腕はすっかり治った。すっかり痩せてしまった筋肉を鍛え直すのが大変だなんてぼやいていたが、それも今では元通りだ。
あのとき常田の腕が折れていなければ、常田は被災地支援に回され一般公開の担当にはならなかった。そしたらあの日ひばりと再会することはなかっただろう。もし会えなければ麻衣に連絡先を訊くつもりではいたが…。
「……ここ出たら、行きたい所できた。」
そう言って常田はひばりの左手の薬指の付け根をそっと撫でた。ひばりは頬を赤く染めて「分かった」と柔らかく微笑んだ。
「……無理、俺今日死ぬ?」
「弘樹何回死ぬの。」
定期的にこの台詞を聞いている。何か節目や記念日のたびにこの調子だ。熱い常田のことだ、きっとずっとこの調子なのだろう。
「ひばり。」
「ん?」
「ありがとう。」
それは何に対しての感謝なんだ。笑って「どういたしまして」と言うと常田も笑った。
常田と交際を始めてから、ひばりは自衛官の知り合いが増えた。あんなに拒絶していたとは思えない程抵抗なく溶け込むものだから常田は驚いた。そして想像通りひばりはそういった場で交流を深めるのが上手く、上官にも「よく捕まえてきたな」なんて言われた。
本当、あんなに嫌がられていたのに。俺と一緒にいてくれてありがとう。そんな意味を込めての感謝の言葉だった。
「これから忙しくなるね。退職とあとお互いの親に挨拶もしなきゃ。あ、引っ越し先も下見しておきたいなぁ。」
ひばりがそう指折り数えていると常田が吹き出した。
「ひばりがしっかりしてて助かるよ。」
「任せて。元転勤族だから。」
「頼もしすぎるなぁ、俺の彼女。」
やっぱり自分の目に狂いはなかったと常田は確信した。
「弘樹が国を守ってる間は私が家を守るから。」
「かっこいい…好き…。」
「ありがとう。」
2人は食事を終えて店を出ると、手を繋いで婚約指輪を見に行った。
-Fin.
「遠方の基地に異動することになったんだ。」
週末に例の和食カフェに訪れたときのことだった。「そっか」と言ったひばりは生姜焼きを頬張ってもぐもぐしながら常田を見つめた。一方の常田はあっさりとしたひばりの態度に面食らっていた。もうちょっと悲しむとかないのかなと女々しいことを考えたときだった。
「じゃあ私仕事辞めるね。」
想像の斜め上をいく言葉に常田は咽せた。
「え? 辞める?」
「ついてきてって話じゃないの?」
小首を傾げるひばりに、常田はいつものグッと堪える顔をする。しかし付き合う前と付き合った後とでは堪えるものが違うので、遠慮なく感情を漏らす。
「可愛い…。」
ひばりは定番になったそれに吹き出しながら、何度も付き合う前を思い出す。いつも何を堪えているのかと思えば、どうやら堪えているというよりは攻撃を食らっていたらしい。
「ってそうじゃなくて。ついてきてくれるなら…そりゃ嬉しいけど…、そんな簡単に決めていいの?」
不安げに見上げる常田を見てひばりはまた笑った。
「今更。付き合うって決めた段階でその辺も覚悟してたもん。」
「さすが…。」
「自衛官大好きですから。」
2人の交際はかなり順調だった。それはひばりの自衛官に対する理解があったからというのも大きな要因の1つだった。
「…本当にいいの?」
「うん。自衛官やってる弘樹が好きなんだもん。私が支えられるなら支えたい。」
常田は両手で顔を覆うと悩ましげな声を出した。
「なんで店の中でそんなこと言うの。テーブル邪魔なんだけど。すっごい抱き締めたい。」
常田の左腕はすっかり治った。すっかり痩せてしまった筋肉を鍛え直すのが大変だなんてぼやいていたが、それも今では元通りだ。
あのとき常田の腕が折れていなければ、常田は被災地支援に回され一般公開の担当にはならなかった。そしたらあの日ひばりと再会することはなかっただろう。もし会えなければ麻衣に連絡先を訊くつもりではいたが…。
「……ここ出たら、行きたい所できた。」
そう言って常田はひばりの左手の薬指の付け根をそっと撫でた。ひばりは頬を赤く染めて「分かった」と柔らかく微笑んだ。
「……無理、俺今日死ぬ?」
「弘樹何回死ぬの。」
定期的にこの台詞を聞いている。何か節目や記念日のたびにこの調子だ。熱い常田のことだ、きっとずっとこの調子なのだろう。
「ひばり。」
「ん?」
「ありがとう。」
それは何に対しての感謝なんだ。笑って「どういたしまして」と言うと常田も笑った。
常田と交際を始めてから、ひばりは自衛官の知り合いが増えた。あんなに拒絶していたとは思えない程抵抗なく溶け込むものだから常田は驚いた。そして想像通りひばりはそういった場で交流を深めるのが上手く、上官にも「よく捕まえてきたな」なんて言われた。
本当、あんなに嫌がられていたのに。俺と一緒にいてくれてありがとう。そんな意味を込めての感謝の言葉だった。
「これから忙しくなるね。退職とあとお互いの親に挨拶もしなきゃ。あ、引っ越し先も下見しておきたいなぁ。」
ひばりがそう指折り数えていると常田が吹き出した。
「ひばりがしっかりしてて助かるよ。」
「任せて。元転勤族だから。」
「頼もしすぎるなぁ、俺の彼女。」
やっぱり自分の目に狂いはなかったと常田は確信した。
「弘樹が国を守ってる間は私が家を守るから。」
「かっこいい…好き…。」
「ありがとう。」
2人は食事を終えて店を出ると、手を繋いで婚約指輪を見に行った。
-Fin.