【完結】婚約破棄された男装令嬢ヴァレンティーナは明日を強く生きる!そして愛を知る

「事情も知らずに、貴殿を責めてしまい大変失礼な事をした。申し訳ない」

 ヴァレンティーナが腰を折って、頭を下げた。

「え!? いや、あんたがルークを助けてくれなかったら本当に最悪の事態になっていた!! 俺の責任は確かにある。頭を上げてくれ! あんたはルークの恩人だ」

 今度はラファエルが腰を折って、頭を下げる。
 ヴァレンティーナは170センチを越えた長身だが、ラファエルは更にそれより大きい。
 そんな背の高い二人が腰から直角に頭を下げ合うのを見て、ついアリスが吹き出した。

「ふふふ、くしゅん!」

 そして、寒気からのくしゃみ。
 一気に雨がひどくなる。

「これは、大変だ。お二人には相当な迷惑をかけたな。こいつらはとりあえず縄で縛って麓の自警団に通報するよ。今日の宿は決まってるのか? こっちに来る途中だったんだろう?」

「あぁ。宿は決まっていない。滞在する時間も金もなくてな……雨でも今夜中にそちらに行きたかった」

「へぇ、正直な男だな。礼もしたいし、今日は俺の家に泊まってくれよ」

 アリスが『お嬢様は女です!』と言いかけたが、ヴァレンティーナは止めた。
 女の二人旅です、なんて知られない方がいい。
 女を連れた男が、人の前で『金が無い』と言ったので、ラファエルは珍しがったのだ。

「旦那様が~実は野盗の黒幕だったり……」

「そうそう、少年を罠に……って、そんな事するかっ!」

 アリスのツッコミにボケで返すラファエル。
 ユーモアもある男のようだ。
 笑うアリスだったが、疲れも見える。

「まだ雨は酷くなる、急いだ方がいいぞ」

「それでは、一晩世話になってもいいだろうか?」

「あぁ是非そうしてくれ! 風呂も飯も用意させるよ」
 
 ラファエルは頷き、ルークも嬉しそうだ。
 
「壊れた馬車にこいつらをくくりつけて……と。そちらの馬車は大丈夫か?」

「大丈夫だ」

「夜でこの天気だ。馬車の歩みだと一時間はかかる。ルークを馬車に乗せてやってくれないか」

「もちろんだ」

 日が暮れる前に出発したが、この騒動があって、もうすっかり夜だ。
 幌の中で、ルークはアリスの隣で眠った。
 雨は強くなって、更に山道の馬車さばきは難しかったが先を行くラファエルがランタンを持って先導してくれたので心強かった。

 頼れる男だ……とヴァレンティーナは思う。
 父などは雨が嫌いで、靴の先が濡れるのが不快だと一切外へ出ない。
 大雨で領地に被害が及ぶかもしれないという時も、様子を見ることもしなかった。
 それに代わって、ヴァレンティーナが見回りをし、時に自警団と共に避難を促したり用水路開発の会議にも出席したりした。
 
 ハッとする。
 家を出たのに、あのクズな父親のことを思い出してしまった。
 更に、妹が濡れたヴァレンティーナを見て『濡れネズミみたい』とクスクス笑ったあの笑顔も……。

 忘れたいのに、何度も思い出してしまう家族の毒。
 別に家を出た事が悲しいわけではない。
 あれらが恋しいわけではない。
 
 呪いのように、ふと記憶に蘇る事が、ただただ不快なのだ。
 仕方ない……自分の人生に付属していたのだから、自分の事を振り返れば必ず見てしまう毒沼なのだ。

 まだ家を出て数日、これからだ……ヴァレンティーナは思い直す。

 山道はかなり長旅だった。
 無理な移動は控えようと反省するには十分な辛さで、マントを羽織っていてもヴァレンティーナの身体はすっかり冷えていた。
 
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