【完結】婚約破棄された男装令嬢ヴァレンティーナは明日を強く生きる!そして愛を知る

 ヴァレンティーナには妹がいた。
 父と愛人との間にできた子供だ。
 なんとニ歳しか違わない。
 ヴァレンティーナは20歳。リカンナは18歳だ。
 母は気が弱く、父の不貞を気に病んで早くに亡くなった。

 それから父は好き放題。
 リカンナを自分の娘として家に入れた。
 愛人の女は後妻には入らなかったが、別宅で贅沢放題で好きにさせているようだ。
 
 ヴァレンティーナがいくら気高く、信念があり、剣術に秀でていても母を助けることはできなかった。
 その事はヴァレンティーナの心を深く傷つけ、男女の愛に失望してしまったのは父のせいとも言える。

「リ、リカンナをあんなバカ白豚に差し出せるわけないだろう! この剣術しか脳のない男女め!」

 この本音を隠そうともしない父親に、期待するのはもうやめていた。
 しかし、もしも一言でもヴァレンティーナに寄り添う言葉があったとしたら……。
 令嬢として生まれた宿命を受け入れようか……と思う時もあったのだ。

 自分が婚約破棄をされたのも、可愛げもない自分だったからという気持ちも少しはあった。
 しかし今、ヴァレンティーナはある決断をする。
 
「言いたい事はそれだけか? 自分の無能っぷりで一族の財産を食いつぶしたゴミクズが」

 紅茶のカップを置いて、ヴァレンティーナが立ち上がる。

「な……なんだと……?」

 ヴァレンティーナの言い放った言葉に、傍で立っていたアリスがグッとヨシ! という意味の拳を握った。
 逆に父は目を白黒させている。
 娘が父親に暴言を放つとは、貴族社会では言語道断だ。

「お……おまえ……な……もう……いって……」

 『もう一度言ってみろ』と言いたいのだろう。
 しかし父よりも長身のヴァレンティーナの前で、彼は酸欠の金魚のように口をパクパクとさせる。

「サンドラス家の財産はもうほぼないんだろう? だから私を生贄にしたいようだが、まっぴらごめんだ」

「お……おまえ……か、かんどう……かんどう……」

 アリスが廊下に出て、執事やら何やらを集めだした。
 サンドラス家にとっての大事(おおごと)だ。
 婚約破棄のあとに、何か起きると日々思い過ごしていた執事やメイド達は無作法でも部屋に集まってくる。
 このサンドラス家に父を尊敬し仕えているものなど、一人もいないのだ。

「……か、かんどうするぞ……」

「なんですと? できれば婚約破棄された時のように、皆に証人になってもらいたい。二刀流令嬢のヴァレンティーナは父からも勘当されたとな!」

「……お前は自ら、伯爵令嬢の身分を捨てると言うのか!!」

「私の人生にそんな肩書きは不要! 剣術を更に磨き、剣で人の役に立つために生きよう!」

「ならば勘当だ!! 出ていけぇ!!」

 ズラリと並んだ執事やメイド、そして妹のリカンナまでが父の勘当宣言を聞いた。
 
「それでは、家を出ていきます」

「金目の物など持って行くなよ! 苦労して野垂れ死にでもしそうになって、父の偉大さを知るがいいっ!」

「この二刀は私が譲り受けたもの。これだけは持っていきます」

 腰の剣にヴァレンティーナは触れる。

「そんな剣など見たくもない! 出ていけ!」

「お世話になりました」

 最後に冷たくヴァレンティーナに睨まれ、父の方が敗者のようにドサリと椅子に座った。
 逆にヴァレンティーナは、出ていく時も颯爽としている。

 これから出て行こうとするドアの前。
 今のやり取りを見ていたリカンナが、両手を握りしめて立っていた。
 
「お姉様~~!」

「リカンナ」

「本当にお家を出て行かれるんですかぁ!?」

「あぁ、父を頼むよ」

「では財産放棄ってことですよね!? つまりは、お姉様のドレスとか宝石も私のものですよね!?」

「あぁ、そうだよ」

 清々しいまでに、物欲しかない妹だ。

「やった! いいえ、寂しいですわ……勘当なんて……うふふ……悲しい……」

「ではリカンナ、元気で」

 この家にはもう財産など残っていない。
 ヴァレンティーナのドレスや宝石など、すぐに売り払う事になるだろう。

「茶を入れ直せ! アリス!」

「私も今日でメイドはやめさせていただきますので。自分で淹れたらどうですか?」

 ヴァレンティーナの父に怒鳴られたアリスは、ガチャンとティーポットを置いてヴァレンティーナの横を歩く。

「なんだと……」

「私もやめまーす」
「私も」
「私も」
「ヴァレンティーナ様がいない屋敷なんか興味ないわ」

 部屋に集まっていた屋敷の使用人達は適当に頭を下げて、皆がヴァレンティーナの後をついていく。

「財産についての御相談は格安で承りますよ。それでは私もこれで」

 長年、務めていた老執事も一礼をして部屋を去っていく。
 父もリカンナも、呆然としていた。
 今日の夕飯は一体誰が、用意するのだろうか?
 
    
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