【完結】婚約破棄された男装令嬢ヴァレンティーナは明日を強く生きる!そして愛を知る
水と明日の食料を仕入れて、山道を行く。
「なかなかに、山道は難しいな」
馬車も扱えるヴァレンティーナだが、さすがに夕暮れの山道は初めてだ。
「代わります~?」
「いいや。大丈夫。なんでもできるようになっていかねば」
ヴァレンティーナ自身が、ここ数日の幌での野宿で身体が痛む事に情けなさを感じていた。
これからは、あんなベッドではもう眠ることはない。
早くこの生活に慣れて自由を手にしたい。
早く、剣術の稽古を思い切りしたい……!
「前も後ろも誰もいない……今日の山越えは私達だけでしょうかね~?」
「そうなのかもしれないな……急ごう……」
馬にとっては負担なのはわかるが、さすがに山道で夜は越したくはない。
雨もポツポツと降ってきた。
幌に、光石を入れたランタンをぶら下げる。
「んっ!? あれは……」
「なんでしょう? 獣……!?」
「いや……馬車だな」
まだ先だが、山道に何か大きな黒い影。
「誰かー助けてー!」
かすかに聞こえる助けを求める声。
「何か事故だな? 行こう」
「はい!」
アリスが幌の中に入って、救急箱を取り出す。
「今行くぞーーー!!」
ヴァレンティーナが叫ぶと、暗闇の中で人が手を振るのが見えた。
「アリス、一応剣の用意を」
帯刀は二人共ずっとしている。
「はい」
アリスは短刀を抜く。
山道での接近戦ではこちらの方が素早く強い。
……しかし、近寄ってみると……。
少年が一人。
御者台だけのような小さな馬車に、小さな馬。
「大丈夫か!?」
ヴァレンティーナが御者台から降りて、少年に駆け寄る。
「車輪が取れちゃって……」
「馬車など捨てて馬だけで山を降りればいいだろう!? 危険すぎる……!!」
「だって、でも……うん……」
まだ十歳を過ぎた年頃か。
パニックになってしまったのだろう。
子供は荷物を置いていく、手放す事に大きな不安を覚えるものだ。
そんな子供に正論だけ振りかざしてどうする、とヴァレンティーナは少年の肩に優しく自分の手を置いた。
「責めたんじゃない、悪かった。霧雨でずいぶん濡れている。寒いだろう」
少年はアリスが持つランタンが照らしたヴァレンティーナの顔を見て、ぽ~っとする。
「兄ちゃん、すごい美男子だなぁ」
「ふっ……。幌に入っていなさい。馬車を見てみる。アリス、温かいお茶と毛布を。濡れた上着は脱ぐんだよ」
「えっ……でも」
「助けてあげるよ~心配しなくていいからね! こっちにおいで~!」
「お姉ちゃん! ……うん!!」
ヴァレンティーナは精一杯に微笑んだつもりだが、今はアリスの微笑みの方が少年には安らぎを与えられたらしい。
二人で幌の中に入っていく。
霧雨はどんどんひどくなっている。
「よしよし、お前も災難だね」
馬も壊れた馬車に動きを制限されて、少し荒ぶり疲れているのがわかる。
「どうどう……どうどう……いい子だね……よしよし」
暴れる事なく馬は、ヴァレンティーナが撫でる手を嬉しがるように顔を上下させた。
車輪は此処で直していくのは、さすがに無理だ。
「馬だけを連れて山を降りるしかないな」
幌に叫ぶと、少年が顔を出す。
「しょ……しょうがないよね……」
「君が悪いわけではないのだし、私が大人に事情を話そう」
彼の馬車の持ち主が親なのか雇い主なのかは、わからない。
しかし今はまず身の安全を……と思ったその時、ピィーーーーーーーー!! と大きな笛が鳴る。
ヴァレンティーナの直感が、危険だと告げる!
「アリスーーーーーーー!!」
ヴァレンティーナが叫ぶと、アリスが少年を抱えて馬車から飛び降りた。
二人が一気に抜刀する――!
「ま、ま、まさか……!!」
ヴァレンティーナとアリスの間に座り込んだ少年が青ざめる。
「野盗だ!」
そう、それは野盗が奇襲をかける時の合図だ!