航空自衛官の元カレの偽装婚約者になりました


「さぁ、食事を始めましょう」


お母さんがぱんと両手をたたいた。

無事に悠翔の婚約者だと認めてもらえたタイミングで、スタッフが食事を運んでくる。事前にコース料理を注文してあったらしい。

前菜から始まり、食べたことがないような繊細の味の料理が続く。肩の荷が下り、緊張も和らいだので美味しく食べることができた。

でも、少しだけ胸が痛むのは悠翔のお母さんを騙しているからだ。

彼女は悠翔が本当に結婚するのだと信じて、ご機嫌に食事を口に運んでいる。

けれど私たちは偽物の婚約者。結婚なんてしないのだ。

婚約者役を頼まれたとき、悠翔のお母さんの前で嘘をつくことになるのは理解していた。それが今になって罪悪感でいっぱいになってしまう。

本当にこれでよかったのだろうか……。


「そうだわ。悠翔、昨日の見たわよ」


悠翔のお母さんがふと口を開く。

昨日のとは、お祭りで披露した展示飛行のことだろう。もともとお母さんはそれを見るために東京から来たのだから。


「どうだった?」


食べる手を止めた悠翔が尋ねる。


「迫力があってすごかったわ。涙が出そうになった」


空での圧巻のパフォーマンスを見て、きっとお母さんは涙が出そうになるくらい感動したのだろう。

私も見たかったなぁ……。


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