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7. ハングリーであれ、馬鹿であれ

 会長は王子に気おされながら言葉を紡いだ。

「も、もちろん存じ上げております。いつぞやのパーティーでご尊顔は拝見しております」

「なら、話は早い。護衛随伴は問題ないな?」

「も、もちろんでございます。御心のままに……」

 会長は冷汗を浮かべながら頭を下げた。

「それから……。対戦においてわざと負けるとかは……許さんぞ?」

 少年は真紅の瞳をギラリと光らせる。

「えっ……、そ、それは……」

「八百長は無しだ? いいか、分かったな?」

「いや、しかし、王家常勝は大前提ですし……」

 会長はあたふたしながら冷汗を垂らす。一般に王族が参加するイベントでは必ず王族が勝つように台本が用意されているのが習わしだった。

「何……? その方、我は八百長せねば負けると申したか!」

 少年はローブをバサッと翻し、腰に付けた剣に手をかける。黄金で王家の紋章が刻まれた剣の柄のブルーサファイヤが不気味に輝いた。

 ひぃぃぃぃ!

 会長は恐れおののいて床にへたり込んでしまう。

 その剣は幽玄の(エーテリアル)王剣(レガリア)。王族だけに所持の許された『斬り捨て御免』の剣である。つまり、この剣であればだれを殺しても罪には問われないという絶対王政の象徴だった。

「よいか? 八百長は無しだ。手を抜いているのが分かったら……」

 少年は剣を少し抜いてチャキッと金属音を響かせる。

「か、かしこまりました!」

 会長は土下座して叫んだ。

「よし! その方、我を案内せよ!」

 ローブをバサッと脱ぎ去った少年の胸元には、金の鎖がきらめく宝石のように輝いている。彼の純白のジャケットは赤い立て襟で華やかに彩られ、美しい立ち姿で女性スタッフへと話しかける様子はまるで絵画の一コマのようだった。


        ◇


「タケルくーん! 大変な事になってしもうた……。どうしたらいいんじゃ?」

 会長はほとほと弱り切った顔でタケルの腕をガシッと握った。第二王子は優秀でキレモノだというもっぱらの評判ではあったが、王族の例にもれず尊大で、無理難題を吹っ掛けてくる頭の痛い存在だった。

 王子が負けるようなことがあったら、王族侮辱罪が適用され、関係者の死刑は免れない。負かしたプレイヤーだけでなく、会長やタケルにも類は及ぶだろう。しかし、過去のハイスコアの数値を見れば、何の操作もなしで王子が優勝するとは思えない。

 さらにややこしい事に、普通に対戦したら対戦相手は恐怖で必ず手を抜くので、そうなれば八百長認定され会長の首は危うくなる。勝っても負けても死刑は免れそうになかった。

「うぉぉぉぉぉ、なんで王族がこんなところに来るんじゃぁぁぁ!」

 会長は頭を抱えて動かなくなってしまう。

 降ってわいた難題にタケルも大きくため息をついた。

「策はあるはずです。一緒に考えましょう」

「さ、策……って?」

 涙目で会長はタケルを見つめる。

「まず、殿下の対戦数を減らしましょう。ロイヤル・シードとか何とか名目をつけて、決勝戦にだけ参加してもらいましょう」

「なるほど、なるほど、で、決勝戦ではどうするんじゃ?」

「うーん……」

 タケルは腕を組み、考え込む。八百長もなしに確実に王子に勝たせる方法などある訳がないが、八百長は死刑……。なんという無理ゲーだろうか?

「中止、中止にしよう! こんなのに命なんてかけてられんよ!」

「いや、でも、この大観衆が納得しますかね?」

 タケルは観客席を見上げる。そこには決勝戦を楽しみにしている数万人の人たちの笑顔が並んでいた。

「うーん、納得は……せんじゃろうな……」

 肩を落とす会長。暴動が起ころうものならアバロン商会など一発で吹き飛んでしまう。

「何か策はあるはずです」

 そうは言うもののタケルにも妙案はなかった。

 くぅぅぅぅ……。ジョブズ……、ジョブズならどうするか……?

 ジョブズは自らが創業したAppleを追放された後も、粘り強い活動でAppleに復帰した。どんな苦境でもあきらめないことが肝心なのだ。

 もちろん手っ取り早く王子を勝たせるには出てくるブロックを操作すればいいのではあるが、ゲーマーの違和感は馬鹿にできない。バレるリスクを負ってまでやるべきではないだろう。

 と、なると……。

 タケルは重いため息を吐き、ゆっくりとうなずいた。

『ハングリーであれ、馬鹿であれ』

 ジョブズの名言が胸に蘇る。タケルは正面突破する覚悟を決めた。
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