純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~
通路に出ると、久美子が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「大丈夫?」
「えぇ。助かったわ……」
私はほっと息をついた。
「さっきの戸田、なかなかいい仕事してくれたわ。それにしても、まさかあのタイミングで来るとは思わなかったわよ。油断したわ」
「うん。でも仕方ないわ。完全に避けられるとは思っていなかったし。でも、二人と一緒にいて本当によかった……」
私はしみじみと言った。そうでなかったら、うまくかわせたかどうか怪しい。
「ところでさ」
久美子の口調が変わった。
「うん?」
「いいこと、本当はあったでしょ?」
私は久美子の目から逃げるように顔を背けた。
「別にないわよ」
「私とかには隠さなくてもいいんじゃないの?大宮さんじゃないけどさ、綺麗になったなぁ、って思って見てたのよ。ま、何となく想像はついているけどね。それで?いつ話してくれるのかな?」
「えぇと……」
普段から助けてもらっている久美子と戸田には、もちろん話すつもりでいる。ただ、もう少し色々なことが決まったら、と思っていた。だから、私は曖昧に言葉を濁した。
「ん、まぁ、そのうち、かな……?」
「ふぅん。それじゃ、それまで待ちますかね。――そしたらさ、ほんと、あの人には気をつけた方がいいわよ。たぶん、気づいてる」
「何に気づいたっていうの」
「佳奈が綺麗になった理由」
「綺麗になったとか言ってもらって嬉しいけど、何も変わってないし、変わる程の理由もないわよ」
「そう思ってるのは自分だけなんだってば。で?今日はもちろん一次会で帰るんでしょ?帰りはどうするの?私は旦那が迎えに来てくれるんだけど、乗せて行こうか?」
それはとてもありがたい申し出だった。しかし――。
「えぇとね、ちょっと待ち合わせをしていて……」
久美子は目を見開いて、私をしげしげと見た。が、次第にその顔には、にやにや笑いが浮かんできた。
「へぇぇ……」
「な、何よ」
「いや、別に」
久美子は笑いを抑えるように口元を手で覆う。
「それなら余計に注意しなさいよ」
「もちろん分かってるわ」
私は大きく頷き、腕時計に目を落とす。
「さて、そろそろ戻らないとね」
「そうだね。あと三十分くらいかぁ。もう一杯くらい飲めるかしらね」