純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~
私は二人を見送ると、久美子を探した。少し会場を出ることを伝えようと思ったのだ。
久美子もまた、代理店のおじさまの一人と会話中だった。私は二人の近くまで行くと、邪魔することを詫びてから久美子にそっと耳打ちした。
「トイレに行ってくるね」
「一人で大丈夫?」
心配そうに眉根を寄せる久美子に、私は小さく笑ってみせた。
「大丈夫でしょ。だって、ほら」
と、私は大木の姿を目で示した。今は本部長と一緒に、別支店の代理店方と歓談中のようだった。
「あれならしばらくは動かないんじゃないかな。さすがに今日は、わざわざ私に嫌がらせをしている暇はないみたいだし」
「……そう、だね。一応仕事だもんね。ま、気を付けて行ってらっしゃい」
私はそっと会場の外へ出た。静かな広い通路を歩き出す。
「さて。どっちだったかしら」
その時の私は、前方にばかり気を取られていて、後を着けるように歩いてくる人物がいたことに気づいていなかった。油断していたとしか言いようがない。
床には薄いカーペットが敷かれていて、足音はさほど響かなかった。意図的に足音を消すことは簡単だっただろう。おかげで、ますますその気配を察することができなかった。
トイレはフロアの端の方で、会場とは正反対の離れた場所にあった。あえて人目につかないような造りなのか、角を折れてさらに入り込んだ所にあった。そして今日、このフロアを使っているのは私たちだけだったようで、特にその辺りはひっそりとしていて静かだった。
トイレを出た私は二つ目の角を曲がって、通路に出た。
横から大木の静かな声が耳に飛び込んできたのは、その時だった。
「早瀬さん」
その場に足を縫い留められたかのように、私は動けなくなった。
どうしてここに?私が見た時は、他の人たちと話をしていたはずなのに――。