純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~
その手から逃れようと、私は体を捻った。
その時、道路側から大きな人影が足音を立てて入って来た。照明が影を落としていたせいで顔はよく見えなかったが、若そうな男に見えた。
助かった――。
鈴木がチッと舌打ちしながら、私から手を離した。
その瞬間をとらえるようにして、その人は私と鈴木の間に体をすっと割り込ませた。私を背にかばうように立つと、鈴木に顔を向けたまま私に声をかけた。
「大丈夫ですか?今、この人に絡まれていましたよね。ひどいこと、されませんでしたか」
落ち着いた低めの声に私は安堵した。その途端、膝から力が抜けそうになったが、かろうじて足を踏ん張って立つ。それから震える声で答えた。
「は、はい……。あの、大丈夫です……」
鈴木はぎらりとした目でその人を睨みつけた。
「絡んでいたわけじゃない。ただ話をしていただけだ。邪魔だ、どけよ!」
しかし、その人はまったく動じた様子を見せることなく、淡々とした口調で言う。
「でも……彼女、怖がっているように見えますけど」
「そんなはずないだろ。……ねぇ、佳奈ちゃん、僕、怖いことなんかしていないよねぇ、こっちにおいでよ」
鈴木が猫なで声を出して、私を呼んだ。
嫌悪感に首筋がざわざわする。私はバッグの肩紐をぎゅっと握り締める。
「い、嫌です……」
「そんなこと言わないで。おいで」
私は縋るように、目の前にある見知らぬ彼のスーツのジャケットをつかんだ。
「彼女、嫌だって言っていますよ。もういい加減に、諦めた方がいいんじゃありませんか?あんまりしつこいようなら、警察呼びますけど」
そう言うと、その人は携帯電話を取り出すと画面をタップした。
浮かび上がった光に、鈴木がびくっと全身を震わせるのが分かった。
「わ、分かったよ。……仕方ないから今日は帰るけど。佳奈ちゃん、また来るからね」
鈴木はそう言って悔しそうな顔をしながら、私たちの前から足早に立ち去って行った。