純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~
お仕事
その日、あと十分ほどで昼休み、というタイミングだった。
課長の大木が私の方へ近づいてきた。
「早瀬さん、この書類のチェック、お願い」
体ごと大木に向けて、私は訊ねた。
「今、でしょうか?」
私はデスク上に山積みとなっている書類に、ちらと目を走らせた。それらは、今日の社内便に入れ込みたいのにまだ手つかずとなっている、生命保険の関係書類たちだ。
課長の大木は私の顔ではなく、壁掛け時計を見ながら言った。
「できれば今日の二時まで頼む。三時に代理店とお客さんの所まで行かないといけないんだ」
本当はもっと早く言えたんだろうに――。
舌打ちしたいのを我慢して笑顔を貼り付けると、私は大木から書類を受け取った。
「承知しました」
「じゃ、よろしく。俺は昼飯に行ってくるから」
「行ってらっしゃいませ」
私は固い声で大木を見送った。大股で出て行くその後ろ姿が消えたところで、ふっとため息をつく。
そっと様子を見ていた隣の席の戸田倫子が、苦い顔を見せた。
「課長って、早瀬さんに対して意地悪ですよねぇ」
私もまた苦笑を浮かべる。
「嫌いなんでしょ、私のことが。ところで戸田さん、今日のお昼休みは先に入ってもらえる?課長のこれ、やらなきゃなんないから」
「手伝いましょうか?」
「これくらいだったら、一人でも大丈夫よ。ありがとね。ほら、お昼休みだよ」
「それじゃあ、お言葉に甘えて、先に行ってきます」
申し訳なさそうに頭を下げる戸田に、私は笑顔を向けた。
「うん、行ってらっしゃい」
戸田がランチに出て行くと、同期で仲良しの北山久美子が隣の椅子に移動してきた。周りには聞こえないくらいの小声で、こっそりと言う。
「課長のやつ、佳奈に振られたことを、まだ根に持ってるんじゃないの?」