純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~
私は高原に声をかけた。もちろん仕事用の笑顔と声である。
「いらっしゃいませ」
高原は私を見ると、口元に例の嘘くさい笑みを刻んだ。
「早瀬さん、今日はお世話になります。よろしくお願いします」
高原のその笑みが作られたものだと分かってはいても、どうにも慣れない。あの日と別人のような彼の表情に混乱しそうになって、私は伏し目がちに挨拶を返した。
「お待ちしておりました。こちらこそ、よろしくお願いいたします」
いつも通りに対応できているかしら――。
心の中で自問自答していると、課長の大木が無駄に爽やかな笑顔を浮かべてやって来た。高原の前に立つと、名刺入れから名刺を取り出す。
「いらっしゃいませ。課長の大木と申します」
「高原です。お世話になります。よろしくお願いいたします」
挨拶と名刺交換が終わると、大木は少しだけ顎の先を上げるような姿勢を取って言った。
「マルヨシ様にはいつも大変お世話になっております。社長様とはしばらくお会いしておりませんが、お元気でいらっしゃいますか?」
高原は頷いた。
「はい、おかげさまで」
「聞いていらっしゃるとは思いますが、今日は、この早瀬が対応させて頂きます。もしも彼女の説明では不安だと思われることがあれば、いつでも私をお呼びください」
私は二人の会話を耳にしながら、黙って笑みを浮かべて立っていたが、内心では気分が悪かった。大木は外部の人の前でも、こんな風にさり気なく、私のことを貶めるようなことを口にしたりするのだ。
しかし、高原が穏やかに言った。
「父からは、早瀬さんに任せておけば安心だと聞いています。ですから課長のお気遣いは不要なのでは、と」
こんな反応が来るとは思っていなかったのだろう。自信満々だった大木の顔がすっと強張ったのが分かった。
「……そう、でしたか。それじゃあ、早瀬さん、後はよろしく頼んだよ」
「承知いたしました」
明らかに動揺していると分かる大木に向かって、私は丁寧すぎるほど丁寧にお辞儀をした。ほんの少しだけ気分が晴れて、心の中で秘かに高原に感謝する。ありがとうという気持ちを、わざわざ言葉にして伝えるつもりはないけれど――。