純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~
参拝を済ませて参道を戻る途中、私は小さなくしゃみをした。日中は程よい気温であっても、秋の夜は少し冷える。こんな時間に外にいることになるとは思っていなかったから、今朝は上着を着ずに出勤してしまっていた。
「大丈夫か?寒い?」
隣を歩いていた高原に聞かれて、私は首を横に振った。
「いえ、大丈夫です」
「ちょっと待って」
高原はそう言うと、いきなりスーツのジャケットを脱いだ。
えっ、と思った時にはすでに、そのジャケットは私の背中を覆っていた。
「あのっ、大丈夫ですから」
焦った私はジャケットを脱いで、高原に返そうとした。
しかし高原はそれを止めるように、私の両肩に手を置く。
「せめて車まで着てたらいい」
「あ……」
大きな彼のジャケットには高原の温もりが残っていて、温かかった。
まるで彼の腕の中に抱かれているようだ――。
そんな思いが唐突に浮かんだ自分に、私はうろたえた。鼓動が早まったのが分かったが、それに気づかないふりをしながら高原の後ろを歩く。
本当は適当な所で適当なことを言って、彼の前から立ち去るつもりだった。しかし思いがけず着せかけられたこのジャケットのおかげで、そのタイミングを逃してしまった。
車の近くまで来たところで、私は高原の背中に向かって声をかけた。
「これ、ありがとうございました」
私は脱いだジャケットを腕にかけて、立ち止まって振り返った高原に数歩歩み寄る。
「私、ここで帰りますので」
そう言ってジャケットを差し出したが、彼は受け取ろうとしない。その代わり私に訊ねた。
「家はこの近くなのか?」
「え?えぇ、北高の近くです」
「北高なら、ちょうど通り道だ。そこまで乗せていく」
「いえ、あの、お気持ちだけで結構ですので……」
「君が頷くまで、そのジャケットは受け取らない」
「なっ……」
私はぴくりと眉間にしわを寄せた。
「早く受け取ってください」
「いやだ」
「いやだ、って……。もうっ!何なんですか!早く受け取って!」
私は苛々して、つい大きな声を出してしまった。
しかし高原はまったく動じた様子もなく、私を見ながら助手席のドアを開けた。
「そのままだと冷えるだろ。諦めてさっさと乗りな」
「……っ」
私は下唇を噛んだ。
この男には何を言っても軽くかわされるか、適当に流される――。
「……わかりました」
これ以上の抵抗を諦めながらも、悔しさを前面に押し出した顔のまま、私は彼の車の助手席に乗り込んだ。