純愛以上、溺愛以上〜無愛想から始まった社長令息の豹変愛は彼女を甘く包み込む~
「ああ、本当だ。失礼しました」
高原はペンを持つと、私が指摘した場所を埋めるため顔を伏せた。
間違いはないか確認するように、私はその手元を眺めていた。書き終わってふっと顔を上げた高原と目が合ってしまい、不覚にもどきっとしてしまう。
高原は口元に小さく笑みを刻むと、私だけに聞こえるくらいの囁き声で言った。
「今夜、空いてる?」
私は動揺を悟られないように慌てて目を伏せると、同じく小声で返した。
「空いてません」
彼はメモを取るふりをしながら続けた。
「何度もメッセージ入れたのに、返事くれないんだな」
「忙しかったので」
「そう簡単にいかないことは覚悟してるけどね」
そう言うと、高原は目元を緩めて私を見つめた。
その表情に胸の中がざわめいたが、私は平静を装いながら書類をまとめる。
「……それでは書類はお預かりします。何かあれば、またご連絡しますので、その時はご対応などよろしくお願いします」
大木の声がしたのはその時だ。
「高原さん、いらしてたんですね。お疲れ様です」
顔を上げると、外出先から戻って来たばかりと思われる大木が立っていた。パーテーションの脇から覗き込むようにして、私と高原を笑顔で見ている。大木は高原に目を向けると、にこやかに言った。
「たくさんの契約成立、ありがとうございます。さすがマルヨシ様ですね」
私ははっとした。
その言い方は、まるで高原が親の力を利用してでもいるかのように聞こえてしまう。自分が失礼な発言をしたことに、大木は気づいていないのだろうか。
私ははらはらしながら高原の横顔を見た。しかし、彼は穏やかな顔をしている。大木の言葉などまったく気にしていないと言った様子で、高原はさらりと言った。
「えぇ、おかげさまで」
高原の余裕ある態度が、癇に触ったのだろうか。大木の笑顔がぴくりと引きつった。それをごまかすためか大木の笑顔がさらに大きくなり、不自然なほど明るすぎる声で言った。
「ぜひその調子で、今後もよろしくお願いします」
「はい。頑張ります」
高原がそう言って頭を下げたその一瞬、大木が私を見た。その目の奥に、探るような疑うような、嫌らしい光がちらついたような気がした。
あぁ、また何か言ってくる……。
そう思った途端、胸苦しさを感じて気が重くなった。