越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~
「着物は絵画や壺みたいに、飾っておくものではありませんよ。着てこそ、意味があるんです。思い切って普段着感覚で着てみたらどうです?」
「普段着って」
「着物にも普段着ってあるんです。小紋とか紬とかね。お持ちいただいた物もそうですよ」

 私にとって、着物は着物。種類があるなんて全く知らなかった。目をパチパチさせていると、主人は勝手に喋り続ける。

「そりゃ私は呉服屋ですから、いいものを一枚作っておいたらとは思いますよ。地紋の入った色無地なら、お茶席でも歌舞伎にでも着ていけますし」
「私、そんな場所には行きません。お金もないです」

 若干引き気味に言うと、主人は寂しそうに笑った。

「そうですよね。今の若い人には、正直酷だと思います。反物から単衣の小紋を仕立てるだけでも、十万円どころじゃすみませんから」

 とても、とても無理だ。
 しかも買った後でさえ、洗濯機で洗うというわけにはいかない。着物を着るというのは、それだけで十分なハードルなのだ。

「やっぱり私には」
「まぁまぁそう言わず、これも何かの縁だと思いますよ。伝統やしきたりなんてものは、とりあえず気にしなくてもいいですから。せっかく良い着物をお持ちなんですし、気軽に和装を楽しんでみませんか?」

 熱く語る主人を見ていると、本当に着物を愛しているんだとわかる。言いたいことは理解できるが、簡単にチャレンジできることではない。

「でも着るなら、帯とかいりますよね? 揃えるのも大変だし」

「うちの系列店で、リサイクル専門の店があるんですよ。着物や帯、和装小物なんかを、安くご提供させていただいてるんです。よかったらご覧になってみてください」

 主人に渡されたチラシを見ると、ここからそう遠くない。彼の熱心さに気圧されたこともあり、私は少しだけその店をのぞいて見ることにした。
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