越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~
「綺麗な、着物ですね」

 凜とした声に顔を上げると、透け感のある羽織に格子柄の着物を着た男性が立っていた。中には派手な和柄のシャツを着て、足下は普通の革靴を履いている。ビックリするような出で立ちだが、背が高くスタイルの良い彼には、とてもよく似合っていた。

 美的感覚が優れているからか、一見バラバラのアイテムが絶妙なバランスで調和し、彼の魅力を引き立てている。自身のファッションに自信があるのだろう。仕草にも余裕が感じられ、その瞳に見つめられると一瞬で虜になってしまいそうだ。

 しかし私を惹きつけたのは、その独特な服装や、知的な印象の瞳だけではない。周囲の雰囲気を変えてしまうほどの、類い希なその美貌だった。

 まるで大理石を彫り上げたような、白く滑らかな肌と顎のライン。鋭い一重まぶたが瞬きすると、その艶っぽさに心を奪われ、品のある立ち姿に見蕩れてしまう。

「すいません、急に声を掛けて」

 男性の美しさにぼうっとしていた私は、我に返って首を左右に振った。

「いえ、あの、褒めていただいて、ありがとうございます」
「僕が探してる着物に似ていたので、つい」
「越後上布を、ご存知なんですか?」

 私の言葉を聞き、男性は目を丸くした。落ち着いた風情の彼がふいに頬を上気させ、興奮した様子で口を開く。

「やっぱり。ちょっと触らせてもらっても?」

 戸惑いつつもうなずくと、男性は着物の袂に触れて感激している。

「あぁ、凄いな、初めて見た」
「そんなに、珍しいですか?」
「全部手績みの糸っていうのはね。紡績糸のものは、僕も持ってますが」
「どう違うんです?」
「紡績糸はストレートで均一なんですよ。手作業だと太かったり細かったりして、それが味になるんです」

 男性がすらすらと答えるので、私は面食らってしまう。

「お詳しいんですね」
「興味があって、調べたんです。半年近く豪雪に埋まる冬に、一日たった二十センチしか織れない。気の遠くなるような時間を掛けた着物は、一体どんなものなんだろう、って」

 純粋な男性の瞳を見ていると、無知な自分が恥ずかしくなる。そんな貴重なものをゴミ袋に入れようとしていたのだ。

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