越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~
「あの、これ、祖母の着物なんです」
「でしょうね。今はもう織れる人が、ほとんどいないと聞きますから」

 男性は袂から手を離し、感慨深げにこちらを見ている。着物を見ているだけのはずだが、私を見られているようで胸がドキドキする。

「正直扱いに困ってたんですけど……、私に着こなせると思いますか?」

 初対面の男性に聞くことじゃない。わかっているけれど、もし彼が肯定してくれたら、自信を持って着物を着ることを楽しめる気がしたのだ。

「思いますよ。とても似合ってますから」

 男性は迷うことなく、ハッキリと答えてくれた。

「ありがとう、ございます」

 私が頬を染めると、男性はにっこり笑いながら、吊られた帯を選び始める。

「僕だったら、この星柄の帯を合わせるかな。ベルトは帯締めにして、帯留めは三日月とか? 着物は小物との組み合わせも楽しいんですよね」
「足下はやっぱり草履、ですよね?」
「お手持ちのサンダルでいいと思いますよ。着物はお洒落のツールのひとつだと考えて、自由に着こなしてみたらいかがです?」

 穏やかに微笑む男性は、確かに今も靴を履いている。指にはシルバーのリングをはめ、腕には細いツイストバングルをつけていた。

「よく着物を着られるんですか?」
「えぇ。高校生の時から、毎日着てます。和裁士の資格も持ってますし」
「すごい、本格的……」

 私が目を大きく見開くと、男性は照れたように言った。

「着物が、好きなんです。日本文化を大事にしたいって気持ちはもちろんありますけど、何より素材であったり、職人技術であったりに美意識を感じるっていうか」

 だから越後上布のこともよく知っていたのだろう。ただ着物をリスペクトするだけでなく、実際に仕立て自らも着ることで、古き良き日本の風情を継承しようとしているのだ。

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