越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~
 突然の電話にも関わらず、哲朗は取材を快諾してくれた。
 和カフェの店内でお話をうかがえればと言ったのだが、実際に着物を見ながらのほうが良いのではと提案され、急遽お宅にお邪魔することになってしまった。

 つり革を持って電車に揺られながら、私の心臓はずっとドキドキしている。何度深呼吸をしても胸の鼓動は激しいままで、流れる景色にも集中できない。

 まだ、一度しか会っていないのに――。

 最初は哲朗の姿が衝撃的だったから、印象に残ったのだと思っていた。でもこんなに気持ちがざわつくのは、それだけでは説明がつかない。今だって彼に会えると思うと、胸の奥がきゅんと疼くのだ。

 失恋したばかりなのに、もう次の恋なんてきっと良くない。精神が弱っているから、哲朗との出会いに何かしら求めているだけだ。

 そう何度も自分に言い聞かせているのだが、哲朗との会話を思い出すと心が揺らぐ。
 哲朗は健司とは違う。着物にあれだけ誠実な人が、女性を物のように扱うなんて思えない。

 なんて、勝手な願望を膨らませてしまう。

 しっかりしなきゃ。私は素速く首を振り、短く息を吐いた。

 今日は仕事だ。ここでの頑張りが、私の将来を変えることになるかもしれない。余計な雑念でせっかくのチャンスをふいにしたくはなかった。

 気合いを入れ直し、待ち合わせの駅で降りた。

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