越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~
「どうして、着物に興味を持たれたんですか?」

 一番聞きたかったことを尋ねると、哲朗は率直に答えてくれる。

「祖母の影響です。彼女は日常的に着物を着ていて、子どもながらに、その美しい所作に魅せられたというか」
「お茶やお花をされていたんですか?」
「いえ、ただ着物が好きだったんです。この国の気候や風土に、一番調和した服装だからって」

 着物をそんな風に考えたことはなかった。
 でも言われてみれば、日本人はずっと着物を着てきたはずなのだ。長い年月の間に試行錯誤を繰り返し、工夫や改善もされてきただろう。

「本当ですね。当たり前みたいに洋服を着てますけど、昭和の初期なんて、まだほとんど着物を着てたでしょうし」
「そうなんです。意外と洋服の歴史って浅いんだと思ったら、着物を身近に感じられますよね」

 哲朗の声は弾んでいた。表情は生き生きとして、着物への愛がそのまま言葉に宿っているようだ。こんなにも一途に、情熱を燃やせる対象があることが羨ましい。

「和裁を仕事にしようとは、思われなかったんですか?」
「一度は考えましたが、着物の仕立て直しや修理は、着物が身近にある方が依頼するものですよね。僕は全く着物に興味がない人に、着物の素晴らしさを伝えたいんですよ」
「それで和カフェ経営を?」

 私が質問した途端、哲朗は目を伏せた。これまでの快活とした表情が消え去り、歯を食いしばっている。膝の上で固く握りしめられた拳は震え、悔しさを必死で押さえ込んでいるかのようだ。彼は眉間に皺を刻みながら、絞り出すように言った。

「正直、回り道してるなと思ってます。カフェではハギレを使った布小物やアクセサリーなんかも置いていますけど、そこから着物へとはなかなかならないですから」
「でも着物を意識するきっかけにはなりますよ」

 哲朗の悲しげな瞳を見ていられず、私は勢い余って続ける。

「駅でも山崎さんの姿を見たら、皆振り返ってました。こんなに格好よく個性的に着物を着てらっしゃったら、誰だって心惹かれます。その小さな憧れの芽を、山崎さんが大事に育んであげればいいんじゃありませんか?」

 調子に乗って、ペラペラと捲し立ててしまったことを恥じ、私は頬を染めてうつむいた。哲朗は目を瞬かせていたが、しばらくしてその顔に満面の笑みが広がる。

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