越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~
「堤さんと話していると、なんだか勇気がもらえますね」
「いえ、そんな、素人なのに出しゃばってしまって」
私が哲朗の顔をまだ直視できないでいると、彼は何かを心に決めた様子で、おもむろに口を開く。
「実は僕の実家は、アパレル商品の通信販売をしているんです。そこで和装関連商品の販売や、衣装レンタルをしたいと提案したんですが、父から反対にあってしまって」
先ほどの哲朗の表情の意味がわかった。彼にはちゃんとビジョンがあるのだ。
夢を実現できる下地も整っていながら、思うようには進められない。その歯がゆい気持ちが、彼を苦しめているのだろう。
「すみません、こんな話。和カフェの経営は順調なので、このままやっていっても全然いいんですけどね。苦戦されてる他社さんが多い中、うちは二店舗目もという話も出ていますし」
肩をすくめた哲朗は、唇をわずかに歪ませた。微笑んでいるつもりかもしれないが、諦めが色濃く漂い、とても放ってはおけない。
「私、良い記事を書きます。山崎さんがお父さんを説得できるような、和装の将来性や成長性を感じられる記事を」
哲朗は目をパチクリさせたが、すぐ嬉しそうに笑った。彼が頭を下げようとしたので、私は急いで続ける。
「そのためにも、今日はいろいろ勉強させていただきたいです。祖母の着物もきちんと管理していきたいので」
「はい。僕でお役に立てるなら」
気持ちのこもった返事と、秘めた思いを感じるような熱い視線。
そんな風に見つめられたら、頬の温度が上がってしまう。
まだ恋するつもりなんてないのに、感情が先走る。
哲朗の将来に関わらずとも、良い記事を書くつもりだったのだから、わざわざあんな宣言をしなくても良かったのだ。それなのに自分を追い詰めるだけの言動をしてしまった。
哲朗の力になりたかった。彼のあんな表情は見たくなかったのだ。
こんなにも着物を愛する人には、初めて出会った。着物を普段着として着る文化を、愚直に守り続けるなんて、生半可な決意ではできない。
日常生活から一度消えてしまったものを蘇らせる――。
それは最早復古というより革新に近いものだ。哲朗の夢は、守りに入ってばかりの私には、とても眩しく感じられた。
これまでの私はそつなく無難な記事ばかり書いてきた。評判は悪くないが、決して良くもない。突出した物がないから、誰の記憶にも残らない。
ここで一皮むけられなければ、どうせ私に先はないのだ。背水の陣を敷いて自分を鼓舞するには、これが最後のチャンスになる気がした。
「よろしくお願いします」
私は鞄からICレコーダーとメモ帳を取り出し、ペンを握って哲朗を真っ直ぐ見つめたのだった。
「いえ、そんな、素人なのに出しゃばってしまって」
私が哲朗の顔をまだ直視できないでいると、彼は何かを心に決めた様子で、おもむろに口を開く。
「実は僕の実家は、アパレル商品の通信販売をしているんです。そこで和装関連商品の販売や、衣装レンタルをしたいと提案したんですが、父から反対にあってしまって」
先ほどの哲朗の表情の意味がわかった。彼にはちゃんとビジョンがあるのだ。
夢を実現できる下地も整っていながら、思うようには進められない。その歯がゆい気持ちが、彼を苦しめているのだろう。
「すみません、こんな話。和カフェの経営は順調なので、このままやっていっても全然いいんですけどね。苦戦されてる他社さんが多い中、うちは二店舗目もという話も出ていますし」
肩をすくめた哲朗は、唇をわずかに歪ませた。微笑んでいるつもりかもしれないが、諦めが色濃く漂い、とても放ってはおけない。
「私、良い記事を書きます。山崎さんがお父さんを説得できるような、和装の将来性や成長性を感じられる記事を」
哲朗は目をパチクリさせたが、すぐ嬉しそうに笑った。彼が頭を下げようとしたので、私は急いで続ける。
「そのためにも、今日はいろいろ勉強させていただきたいです。祖母の着物もきちんと管理していきたいので」
「はい。僕でお役に立てるなら」
気持ちのこもった返事と、秘めた思いを感じるような熱い視線。
そんな風に見つめられたら、頬の温度が上がってしまう。
まだ恋するつもりなんてないのに、感情が先走る。
哲朗の将来に関わらずとも、良い記事を書くつもりだったのだから、わざわざあんな宣言をしなくても良かったのだ。それなのに自分を追い詰めるだけの言動をしてしまった。
哲朗の力になりたかった。彼のあんな表情は見たくなかったのだ。
こんなにも着物を愛する人には、初めて出会った。着物を普段着として着る文化を、愚直に守り続けるなんて、生半可な決意ではできない。
日常生活から一度消えてしまったものを蘇らせる――。
それは最早復古というより革新に近いものだ。哲朗の夢は、守りに入ってばかりの私には、とても眩しく感じられた。
これまでの私はそつなく無難な記事ばかり書いてきた。評判は悪くないが、決して良くもない。突出した物がないから、誰の記憶にも残らない。
ここで一皮むけられなければ、どうせ私に先はないのだ。背水の陣を敷いて自分を鼓舞するには、これが最後のチャンスになる気がした。
「よろしくお願いします」
私は鞄からICレコーダーとメモ帳を取り出し、ペンを握って哲朗を真っ直ぐ見つめたのだった。