越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~

第3章

 ルッツホテルに罪はないのに、私は落ち着かない気持ちでロビーにいた。健司との誕生日デートに浮かれていた過去の自分が恥ずかしくて、なんとなく居心地が悪いのだ。

「すみません、お待たせしましたか?」

 顔を上げると哲朗が立っていた。予想通り着物姿だったが、いつもとは違う。ハリのある墨色の着物に、紋付きの羽織を合わせて、シックながら品格を感じさせてくれる。

 いつもの個性的な着物姿も格好いいが、場所柄に合わせたのだろう。

「いえ、着物なので、少し早く来ただけなんです」

 哲朗は目を細め、恍惚とした表情を浮かべる。あんまりじっと見つめられるので、なんだかすごく恥ずかしい。

「和服でいらっしゃるとは、思ってませんでした」
「せっかくのお誘いなので、『かきうち』の美里さんに着付けていただいたんです。似合ってますか?」
「すごく綺麗です。見蕩れてしまいました。もっといろんな着物姿を見てみたくなります」

 驚くほど率直な言葉に、私は真っ赤になってしまい、慌てて腕時計を見た。

「あ、えっと、時間は大丈夫ですか?」
「そうですね、そろそろお店に向かいましょうか」

 哲朗は腕時計をしておらず、帯から懐中時計を取り出す。その所作がとても自然で美しく、何もかもが完璧で完成されすぎている。

 私は、大丈夫だろうか。哲朗の隣に相応しい装いができているのだろうか。

 内心不安を抱きながら、哲朗の後について店に向かう。ルッツホテルの中でも最高級の日本料理店は、創業百年を超える老舗だ。

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