越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~
 哲朗は個室を予約してくれており、私たちは一枚板の立派な座卓を挟み、向かい合って腰を下ろす。床の間には夏らしく、菖蒲の掛け軸が飾られていた。

「こんな高級なお店、良かったんですか?」

 格調高い雰囲気に飲まれ、私は怖ず怖ずと尋ねるが、哲朗はまるで行きつけの店にいるかのようにリラックスしている。

「堤さんにはお世話になってるので」
「そんな。私の方こそお力をお借りしてばかりなのに」

 哲朗は軽く首を振り、真面目な顔で言った。

「ウェブマガジンの連載、とても興味深いです。更新のたびにSNSのトレンドに乗ってて、すごく注目されてますよね。文章も軽妙で、読んでいて楽しいんですよ」

 編集長や同僚に褒められるのとは全然違う。ひとりの読者としての素直な意見が嬉しく、私は感極まってしまう。

「ありがとう、ございます」

 喜びで声が震えており、思わず口元に指先を添えると、部屋をノックされた。

「失礼致します」

 スタッフの方が料理を運んで来てくれた。青白磁の美しい器には、まるで芸術品のような料理が盛られている。

「綺麗……」
「見た目の美しさにも、料理人の創意工夫が凝らされてますからね」
「いただきます」

 私は静かに手を合わせ、壊れ物を扱うようにそっと料理を口に運ぶ。

「わ、柔らかい。もしかしてアワビ、ですか?」
「ゆっくり時間を掛けて蒸すと、旨味も抜けずにここまで柔らかくなるんですよ」

 哲朗はこのような懐石を、食べ慣れているのだろうか。ジャンルは違えど、飲食店のオーナーだけに、食べ歩きなどもしているのかもしれない。

「こちらの鱧も美味しいですよ。炙ってあって香ばしいです」
「んー、梅肉のソースとも合いますね。すごく爽やかで、鱧本来の味を感じるというか」

 まだ前菜だというのに、この抜かりないこだわり。素材のポテンシャルが極限まで引き出され、その技術の高さに恐れ入ってしまう。

「豆腐かと思ってたら、これクリームチーズですよね? とっても美味しい」
「白味噌と酒粕に漬け込んであるんです。濃厚だけど上品で、ワインが欲しくなりますね」

 そんな会話をしながら、私は次々と卓に並ぶ豪華な料理を堪能した。
 夏野菜のおろし和えや、旬魚のお造り、釜飯と冬瓜の椀などなど、味はもちろんしっかりボリュームもある。
 私は口福に酔いしれ、哲朗はずっと満足そうな眼差しをこちらに向けていた。

 コースの最後は、瑞々しい白桃のゼリー寄せ。ひと匙ひと匙じっくりと味わいながら、私はおもむろに切り出す。

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