越後上布が紡いだ恋~祖母の着物を譲り受けたら、御曹司の溺愛がはじまりました~
 そんなわけで私のゴールデンウィークの予定は真っ白。母には文句を言ったものの、案外ゴミ屋敷の掃除も悪くないのかもしれない。

「まぁでも、かなり酷いわね」

 雨戸にはツタが絡まり、土塀は一部を残して剥落、砕けた瓦が足下に散見される。表札の文字は消えかかり、最早見知った家だということさえ、よくよく見なければ分からない。

 鬱々とした気持ちを抱えながら、私は預かった鍵を使って、建て付けの悪い木枠のガラス戸を開けた。ガッチャンガッチャンという音と共に、むわぁと室内の空気が染み出してきた。うっと思わず鼻と口を押さえたが、想像していたよりはマシな部類だ。

 饐えたと言うより、どちらかというと干涸らびたような臭い。乾物を入れっぱなしにした引き出しを開けたような感じだ。

 靴を脱ぎ散らかし、板張りの廊下を走って、障子と窓を開けて回る。
 埃は多少積もっているが、足の踏み場もない程散らかってはいない。生ゴミの類も無く、母が当初言っていた『ゴミ屋敷の掃除』とは趣が違うようだ。

 私はゴム手袋を填め、マスクをしながら、清掃準備万端で台所に入った。住人を失って空き家同然だったからか、それほど目立った汚れはない。

 ただ時が止まったような、骨董品がたくさんあった。白地にオレンジ色の水玉が散った電動エアーポット、プラスチックで出来た回転式の調味料置き、花柄のホーロー鍋。

 懐かしい、昭和の香りが漂っている。

 多少心惹かれる物はあったが、今は感傷に浸ってはいられない。ただひたすら水屋の中から数十年分の歴史を放り出していくだけだ。

 壺に入った高価な緑茶も、大きな栗の甘露煮も、開けたまま放置して、黒く消し炭のように固まったインスタントコーヒーも。私はひたすら中身を空け、ゴミ袋を充実させていく。

 窓を開けていても、換気扇を回していても、沈殿する甘い腐臭は、マスクの存在を物ともせず私を汚染するようだった。
 溜めに溜め込んだスティックシュガーを処分したところで、ようやく水屋本来の住人である食器類が見えてきた。今でも使えそうな、アンバーガラスの花型小鉢や木の葉皿もあれば、欠けて使えなくなった花切子の冠水瓶を後生大事に取って置いたりして、水屋の中はまだまだ混沌としていた。

 私は機械にでもなったつもりで、最早当初の役割を全うできない物達を古段ボールに詰めていく。一箱、二箱、三箱目が半分程埋まった辺りで、ようやく水屋の中が空っぽになった。

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