桜記念日
そう思った、矢先のことだった。

急患が運ばれて来た。

……岩崎 隆文(いわさき たかふみ)

医学部が忙しくなってから、
しばらく顔を見れていなかった。

落ち着いたら拓実を連れて挨拶に行こうと話をしていた、私の父親その人だった。

慢性心不全で、栗沢先輩と、カテーテル治療をしようか話していたのだという。

「そんなこと……聞いてない……!

もう、医者になったの。

何もできない中学生だったあの頃とは違う!

絶対救ってみせる!」

そう言って、階段を駆け下りた私を、慎也先輩はそっと押し留めた。

「身内が変に介入すると良くない。
それに、私の患者でもあるからな。

私が最善を尽くす。
院内PHSの電源だけは切るなよ。

最悪の事態になったら、連絡を入れるから」

先輩はそれだけ言うと、私に自販機で買ったコーヒーを押し付けた。

白衣の裾をひらりと翻しながら、廊下を走って行った。

結局、父は帰らぬ人となった。

できる限りの、処置をしてくれたというのを実感したからか。

涙が一筋、頬に流れただけだった。

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