好きが故に欺いて〜罠に嵌められた私を待ち受ける甘い愛〜
給湯室にあるコーヒーメーカーの前にぼーっと立っていると、ほろ苦い香りが湯気と共に立ち上る。
湯気を上げるコーヒーが淹れられたカップを眺めながら、頭の中では佐伯さんの言葉がずっと残っていた。
なんでこんなに心に引っ掛かるんだろう。
佐伯さんの言葉が錘の様に心にのしかかったままだ。
「香坂、今日の夜って予定ある?」
ふいに話かけられて、驚いて身体が跳ねる。
振り返らなくても声だけで誰なのかわかった。
低く落ち着く声を聞くと、胸の奥がきゅっと疼いた。
「千歳さん……。予定はないです……けど」
「飲みに行かないか? この間付き合ってくれたお礼をするよ」
「お礼だなんて……わたしも行きたかったので、気を使わないでください」
正直、誘ってもらえたことに喜んでいる自分がいる。また千歳さんと話したいと思った。
だけど、脳裏には佐伯さんのことがちらついてしまう。
面倒なことはできるだけ避けたい。きっと断った方が波立て立たずに済む。
「じゃあ、正々堂々と誘う。お礼なんて建前で、香坂と飲みに行きたいんだけど……?」
直球な言葉に胸が高鳴る。同時に戸惑っている自分もいて、可愛くない返事をしてしまう。
「わ、私とですか? そんな私と飲みに行っても……つまらないです」
「俺が香坂と過ごしたいって言ってんの」
じっと見つめられた真剣な瞳に、簡単に心が揺らいでしまう。
佐伯さんの言葉は、千歳さんと親しくするなという牽制だ。
だめだとわかっているのに、心は反論し続ける。