好きが故に欺いて〜罠に嵌められた私を待ち受ける甘い愛〜
ゆっくりと近づいてくると、じっとパソコンの画面を見つめる。
「ここ、俺が担当してるクライアントだよな?」
「そ、そうです。遅くなってすみません……」
低く冷たい声と気迫にたじろぎ、再び頭を下げた。
「香坂が謝ることじゃないだろ。この資料担当は佐伯だったよな? また残業押し付けられたのか?」
「またって……?」
「いつも残業押し付けられてるだろ?」
初めてだった。私が残業している理由を、分かってくれた人は。
若くて可愛い佐伯さんは人付き合いも上手で、いつのまにか同僚の人望を掴んでいた。
消極的な私は、完全に彼女の人望に負けている。
その証拠に、佐伯さんが定時で帰ることを褒められ、反して残業ばかりする私は、あまりいい印象を持たれていないのを感じていた。
佐伯さんの仕事を引き受けてるせいで残業している。
その事実をきちんと上司に報告をするべきなのかもしれない。そう思ったが、佐伯さんの指導係は私だ。私の指導が不十分なのに、彼女の評価を下げるようなことをしたくなかった。
だから、こうして残業している理由をわかってくれた人は初めてだったのだ。
「なんで、知って……」
「逆になんでみんな知らないんだ? どう見ても、香坂の仕事効率はすごくいいんだから。残業していることに、何かしらの理由があるって思うだろ?」
淡々と吐き出す言葉に、どこか優しさを感じて、彼の言葉は心にすっと届いた。
なにより自分のことを見ていてくれた人がいたことに、心が救われた。
「……そう言ってもらえて、うれしい、です」
「まだ何か残ってるのか? 何か手伝えることあったら……」
「あ、えっと。終わったので大丈夫です」
「そっか。遅くまでごくろうさん」
持っていたコンビニの袋をデスクの上にトンと置いた。
「え?」
「え?じゃねーよ。わかるだろ。差し入れ」
「あ、ありがとうございます」
袋をこっそり確認すると、お茶とサンドイッチ。それにチョコレートなど甘いお菓子が数個入っていた。
まさか千歳さんに差し入れをもらうとは思ってもおらず、いまだに驚きを隠せない。