そしてまた歩きだそう
時々夢で聞こえてくる僕のことを「なつくん」と呼ぶ声。それを今チカさんが口にしていた。どうして…。

「ナツルくんだからナツくん。びっくりし過ぎだよ」

目線を前に移しそう言ったチカさん。なんだ、たまたま呼び方が重なっただけか。

「…なんか、前にその呼び方で呼ばれたことがあるような気がして」

驚きのあまりいつもよりスラスラ話した。チカさんに慣れてきたのもあるかも知れない。僕のその言葉にチカさんは驚き立ち上がっていた。

「それ誰に?」

チカさんは初めて聞いたような透き通った低めの声を荒げて僕に言った。僕はなぜチカさんがそんなに驚いているのかが、理解できなかった。

「そ、それは、わかんないけど…」

チカさんに驚きつつ目を合わせたまま答える。僕の言葉にチカさんは落ち着きを取り戻しまた高くふわっとした声に戻る。

「そっか。んーっとご家族とか?」

まだチカさんはこの話を深堀したいみたいだ。母には小さい頃からずっと「七絃」と呼ばれているから、それは無いなと思い首を横に振る。

「ナツくんって何人家族?」

家族の話はあまりしたくない。でもチカさんなら大丈夫のような気がしてしまう。

「母と二人」

池に落ちる桜の花びらを見ながらそう口にした。
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