そしてまた歩きだそう
雨の池の隅に、ピンク色の傘をさしたチカさんらしき人影が見える。僕は小走りになる。早くチカさんに会いたいという一心で。

「チカさん」

まだ少し遠い距離でそう声に出そうとした時、僕に気づいていないチカさんは傘を捨て柵を超えようとしていた。その途端足がピタッと止まり、世界の音が聞こえなくなった。ズキズキと鈍い頭痛がし始める。心臓の音が鳴り響きグラグラしてきた。頭は真っ白だ。次の瞬間僕は突然走り始めていた。

「お姉ちゃん!待って!やめて!」

必死に走って叫んでいた。傘はどこへ行ったのか分からない。持っていなかった。ダメ、死なないで、僕を置いていかないで。ひとりにしないで…お姉ちゃん。

「ナツくん!?あたしチカだよ…!思い出し、たの?」

僕は一人っ子のはず。母さんと二人暮し。なんで、お姉ちゃんって言っているんだろう。

「僕のこと置いていかないで」

気づいたら悲痛な声で叫んでいた。柵の外側から内側にいるチカさんの腕を掴む。

「ごめん、ごめんね七絃くん。あたしの、せいで」

チカさんも僕の腕を掴みながら言った。初めて会った時のような透き通った低めの声で。なんでチカさんが謝っているのか、なんで僕は泣きながらチカさんに叫んでいるのか、そんなの自分でも全く分からなかった。ただ頭の中に見たことない映像と記憶があって、口が勝手に叫んでいる。
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