凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ
「それお土産でもらったやつなの。使ってみたかったんだけど、家だとお母さんが嫌がるから」
「なんでここならいいと思ったのよ」
「お姉ちゃんしかいないし」
よく分からない理屈に呆れながら寝室へ逃げ込んだ。幸いにも扉がしまっていたおかげで、寝室までは匂いが入り込んでいなかった。
ホッとしながらスーツをハンガーにかけ、早々にお風呂場へ向かおうとしたら、
「お姉ちゃん」
菜乃花に呼び止められた。
「彼氏とか連れてきてもいいからね」
そして、続けて聞こえた言葉はあまりにも唐突だった。
「なに急に」
「ほら、お姉ちゃんが結婚できなかったとき、私のせいにされても嫌だし。連れてくるときは、私も彼氏のところ行くから」
未奈子との食事を、デートとでも勘違いしてるのだろう。
菜乃花なりに気を遣ったみたいだけれど、自分には彼氏がいることをさらりと匂わされて、なんだか負けた気がした。
「大きなお世話。それなら早く家帰りなさいよ」
「え、絶対やだ」
断固として言う彼女には呆れてため息が出た。実家でなにがあったか知らないけれど、いつまでいる気なのだろう。正直、ひとりの方が楽で家を出たはずなのに、これでは実家にいるのとそう変わらなかった。
湯船につかり、ぶくぶくと顔まで一気に入水する。
ふと、空港で見かけたパイロットの彼のことを思い出していた。未奈子といい、菜乃花といい。ふたりしてしめし合わせたみたいに彼氏、彼氏と話題に出してくるから、嫌でも考えてしまう。
私にだって恋人がいたことはある。ロンドンへ発つ前までは一年ほど付き合っていた人もいた。でも思い返せばいつも受け身でなんとなく付き合うことが多く、自分から本気で好きになった人は後にも先にも高科先輩だけだった。
「会いたいな」
小さく言葉にして思い浮かべたのは、高科先輩を重ね合わせるパイロットの男性だった。