凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ

 * * *


 成田(なりた)国際空港、第二ターミナル。

 国際線の到着ロビーを抜けてすぐ、小さな桜を見つけた。


「もう、そんな季節か」


 ロンドンを出発後、約十三時間のフライトから解放されて大きなあくびが漏れ出す。黒のスーツケースを引きながら、吸い寄せられるように近づいた窓辺には太い幹に薄いピンク色の花をつけた盆栽が置かれていた。

 思わず、スマホのカメラを起動した。

 大手コーヒーチェーン『ボブ・ズ・コーヒー』で働く私は、ロンドンで一年半海外赴任をしていた。

 向こうにも桜の名所はあったけれど、言葉の壁や忙しい仕事に慣れるのに必死で、四季をゆっくり味わう暇もなかった。今が桜の季節だということもすっかり忘れていたくらいだ。


 任されていたプロジェクトもやっと終了し、四月から日本へ戻ってくることになった。なかなかふらっと行き来できる距離ではなかったから、帰国したのは去年の正月以来だ。

 久しぶりの日本食はなにを食べようか。

 フロアガイドのタッチパネルを触りながら、ふとレストラン街の案内を見ていた。


「アサクラシズナー!」


 すると、どこからか大きな声で名前を呼ばれた。

 振り向くと、派手な格好をした女の子がこちらに向かって手を振っている。周りからの視線が一気に集中し、私はスーツケースとともに慌てて駆け寄った。



「ちょっと! そんな大きい声で呼ばないでよ、恥ずかしい」
「だって何度もお姉ちゃんって呼んでるのに、全然気づいてくれないんだもん。メッセージも既読にならないし」


 頬を膨らませて不機嫌そうに言うのは、妹の菜乃花(なのか)。今年で二十八歳になる私より七つ年下の現役大学生だ。



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