凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ
きっとわざわざ引き止められた意味もわからず、困惑しているに違いない。
気まずい空気が漂い、えっと、と呟きながら必死にこの会話の終わらせ方を探した。
「会えるといいですね」
風に流れた長い前髪を耳にかけた瞬間、聞こえた言葉に顔を上げる。小さく吐息と共に漏れだした私の間抜けな声は、走り去る車の排気音にかき消された。
「朝倉さんにとって大切な人みたいだから」
優しく包み込むような言葉とともに微笑む彼と目があった。
真夏の太陽に照らされたみたいに顔が一気に熱くなる。ここにいるのが高科先輩ではなくても、彼はまさに私の好きな高科先輩そのものだった。
彼がおもむろにポケットを探りだした途端、あっ、と視線がどこか遠い場所を見た。
「すみません、また今度」
そう断りを入れて慌てて走っていく先には、この前空港内を一緒に歩いていたパイロットの男性と似た人が待っていた。
空港に向かっていくふたつの背中を見つめていたら、ちょうど上空を大きな音が通過した。反射的に顔を上げると、成田空港から飛び立っていく大きな飛行機が見えた。
その奥に、はっきりと浮かぶ二本の白線が見える。
「傘、持ってきてないや」
昔、高科先輩が言っていたのを思い出した。
飛行機雲が消えないのは、雨が近づいているサイン。
やたらと雲に詳しくて、生徒会室の窓からよく空を見て話をした。地理が苦手な私は、教えてもらった知識なんてほとんど覚えられなかったけれど、飛行機雲の話だけは今だに覚えている。
名前を聞いておけばよかった。この気持ちが高科先輩を重ねてのものなのか、彼の笑顔に魅了されたものなのか、正直自分でもわからない。
でも、彼のことをもっと知りたい。そう思っていることだけは確かだった。
それから何度か成田空港を訪れる機会があった。そのたびにあの人の姿を探したけれど、彼の姿を見かけることもなく二週間が経った。