凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ
* * *
「高科伊織、高科伊織……」
繰り返し声に出しては、何度もため息をつく。
名刺に書かれた名前は何度見ても変わらない。裏っ返して、もう一度表に返してもやっぱり変わらない。見間違いでも、勘違いでもない。私の知る高科先輩とまったく同じ名前だった。
「顔が似てて、同姓同名で、年も同じくらい。そんな別人っている?」
仕事を終え、札幌駅近くのジビエ料理の店に入った私たちは、ジンギスカンが焼かれる鉄板を挟んで向かい合う。
「うん、いないね」
即答する未奈子に「だよね」と返し、まじまじと名刺に書かれた名前を見つめる。
本当に私のことを忘れてしまったのだろうか。
それとも、わざと知らないふりをしているのだろうか。
悶々と頭を抱え、出るはずのない答えを探して悩んだ。
もし、あの人が本当に高科先輩なんだとしたら、いつの間にパイロットになったんだろう。彼はいつパイロットを目指したのだろう。高校時代、そんな夢を語っていた覚えも、航空学校に進学していた記憶もない。
不意に浮かんだ疑問が、より一層〝高科伊織〟という人物を謎に包ませ、どんどん深みにはまっていった。
「でもさ、もし仮に静菜のことを覚えてたらだよ? デートすっぽかして十年も音信不通だったのに、食事に誘われて行くかな」
肉を食らいながら首をかしげる未奈子を見て、眉を顰める。
「……別人だって言いたいの?」
「いや、その可能性は限りなく低いとは思うんだけど」
堂々めぐりの会話。
大きな声で「あー!」と叫んでやりたくなった。