凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ
「ねえ、なに飲む?」
目の前では、隣の彼女が高科さんの方へと体を寄せ、親し気に話す姿を見せつけられている。
メニュー表を広げ、わざとらしく周りの視界を遮ってふたりだけの空間を作る。上目遣いで見つめる彼女の表情を見ていたら、急に思い出した。
札幌出張の日、高科さんと一緒にいたCAのひとりだ、と。
「とりあえずビールかな。みんなは?」
さらっと視線を外に向けた高科さんと不意に目が合う。驚いて視線を逸らしながら、俺も、と手を挙げる流れに便乗して遠慮がちに手を挙げた。
「じゃあ、みんなビールね。莉央は?」
そのとき、振り向きざまに呼んだのを聞いてドキッとする。
一瞬、私たち三人の空気が固まったのが分かった。
「どうしよう。私も伊織くんと同じビールにしようかな」
「いや、飲めないだろ」
「へへ。じゃあ私はカシスウーロンで」
ふたりのやり取りに動揺を隠しきれない。
まだお酒も入っていないのに、彼女は高科さんの腕にさりげなく触れたり体を寄せて笑ったり、同僚との距離感ではないのが明らかだった。
そのうえお互いを名前で呼び合う仲でもある。
どうして、彼に恋人がいる可能性を一度でも考えなかったのか。かっこよくて、優しくて、パイロットという仕事もある。周りの女性たちが放っておくはずがないのに。
お酒が揃い、みんなのグラスが中央で合わさる。
「お疲れさまです」
高科さんが私のグラスにだけ小さくコツンと触れてきて、斜め前からぎろりと睨まれたのが分かった。
「そうだ、昨日キャプテンがね」
ふたりはどういう関係なんだろう。
ひと通り自己紹介をして、彼女は上田莉央と名乗っていた。
あなたしか見ていません。そう言わんばかりに横を向いて話す莉央さんの態度はあからさまだった。だれが見ても矢印が彼に向いているのは一目瞭然。
しかし、当の本人は少しあしらうような素振りを見せ、いまいちつかめなかった。