凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ

「私のこと、本当に覚えてませんか」


 振り向く彼を、訴えかけるように見上げた。

 途端に、意図せず涙がこぼれ落ちた。もう感情がぐちゃぐちゃで、どうしたらいいかわからなくなる。

 気づいて。思い出して。お願い。

 祈るような気持ちで、ぼろぼろとこぼれ落ちる涙はどうにも止められなかった。

 ぎゅっと手に力を込めた瞬間、どこからか聞こえてきた車のクラクションが嫌に長く響いた。


「変なこと言ってますね。私、ごめんなさ――」


 そのとき、唇に柔らかいものが触れた。

 目の前にある彼の顔が一ミリの隙間もなくそこにある。

 一瞬のうちに起きた出来事に、理解がついていかない。

 ゆっくり離れていく彼の瞳と視線が交わり、どきっとした。


「おやすみ」


 長いまつげの奥に綺麗な茶色い瞳がある。

 タクシーに乗り込む彼を見送るように、しばらくその場から動くことができなかった。


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