凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ
私が片付けていたダンボールを軽々と持ち上げて、なにも言わず出ていく。誰もいなくなった会議室に、ゆっくりと閉まっていく扉の音がバタンとむなしく響いた。
今日も、スマホにはなんの通知も届いていない。
【ありがとうございました】
あの日、何度も打ち込んでは消して、送れなかったメッセージが今もまだ画面の下に残っている。そんなたった一言すら送れなかった臆病な私は、彼からの返信を待っている時間すら怖かった。
しんと静まり返る室内は降り続ける雨音に包まれる。
とてもうるさくて、とても虚しく感じた。
その日の夕方、久しぶりに成田空港を訪れた。
淡いミント色の傘を閉じて、店の軒先から空を覗き上げる。
ちょうど飛行機が飛び立ったのを見て、気持ちは少し憂鬱になった。
今日は、二週間ぶりのミーティングだ。資料を配るなり、早速始まった会議はいつも以上にスムーズに進む。普段は脱線するような場面でも、私があからさまに話を広げるのを避けた。
「お疲れさまでした」
ベージュのトートバッグを肩にかけ、今日はすんなりと席を立つ。まだ座ってゆっくりしているマネージャーと向坂店長の前を通り過ぎて、ぺこりと会釈した。
「え、朝倉ちゃん」
後ろで、がたっと椅子が動いた。
「お店残っていかないの?」
同時に、勢いよく立ち上がっていた店長が、いつもと違う私の様子を見て固まっている。
時計を見ると、まだ定時の十七時にはなっていなかった。けれど、ミーティングが終わればそのまま上がっていいことになっているし、なんとなく残る気にはなれなかった。
もし、高科さんに会ってしまったらどんな顔をしたらいいか分からなかったから。
「すみません。今日はこのまま帰ります」
すぐにドアノブへ手をかけた。
「キャラメルモカ作ろうか。好きでしょ?」
しかし、なぜだかしつこく引き止めようとしてくる。
普段なら流されて、じゃあと留まっていたかもしれない。けれど、今日の私は頑なだった。