凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ
「えっと、また今度ゆっくりいただきますね」
笑顔でさらっとかわした。
ボサノヴァのBGMに包まれた店内を、ひっそりと顔も上げずに抜けていく。
自動ドアがゆっくり開くと、途切れることなく降り続く雨が未だ止むことなくアスファルトに跳ね返っていた。
傘を広げて歩き出そうとしたとき、なんとなく前方から人の気配を感じた。
露先から流れ落ちる滴の向こう側。
「どうして……」
私の目は、紺色の傘の下で立っている高科さんを見つけていた。
まるで出てくるのを待っていたみたいに、私を見つけても驚くことなくこちらに頭を下げる。
ゆっくりと近づいてきた彼は目の前で立ち止まった。
「少し、時間あるかな」
高科さんの言葉から伝わってくる絶妙な緊張感が伝染する。
一度飲み込むように頷いたあと、やっとの思いで「はい」と続けながら、傘の持ち手を握る手にはじわじわと力がこもった。
高科さんが店内に入り、私はそわそわとひとり外で待った。しばらくして戻ってきた彼の両手には、コーヒーが握られていた。
差し出されたカップを受け取り、たまらずすぐに口にした。思わず、「あ」と声が漏れる。
私が好きないつもの甘い味がした。
キャラメルモカだ――。
「店長さんが〝朝倉ちゃんはそれだから〟って」
よく見ると、カップの側面に【たのしんで】とスマイルマークを添えて店長からのメッセージが書かれていた。
「ずっと連絡できなくてごめん」
距離をとって並んだ彼の顔を、私は見ることができなかった。
温かいカップを両手で覆い、静かに首を横に振る。