凄腕パイロットは12年越しの溢れる深愛を解き放つ

 優しい瞳で見下ろしてくると、私の散らばった前髪をゆっくりなぞるように整えた。あまりにも愛おしいものを見るみたいな顔をするから、こちらが恥ずかしくなってきた。


「治ったら、ちゃんと話したいことがあるんだ」


 そのとき、記憶の中にある高科さんと重なった。

 私を真っすぐに見つめて言った卒業式のあの時も、今と同じ顔をしていた。

 桜の丘では聞くことができなかった言葉。記憶をなくした彼からは、もう二度と知ることはできない。


「今、言ってください」


 そう思ったら急に不安になり、たまらず彼の手を探した。


「また聞けなくなっちゃう。また、あの時と同じに……」


 点滴のせいか、だんだんと睡魔が襲ってくる。

 瞼が重力に逆らえずゆっくりと落ちてきて、彼の手にそっと触れたまま夢の中に入った。


「今日はゆっくり休んで。絶対、同じ思いはさせたりしないから」


 遠くの方で、そんな声が聞こえた気がした。


 翌朝、起き上がって部屋を出るとモデルルームのような空間が広がっていた。

 モダンテイストなモノクロの世界。大きな窓から見える景色を見て、ここがタワーマンションの一室であると認識した。下を覗き込むと、周りにある商業施設が小さく見える。車なんてまるでおもちゃが走っているみたいだった。


「すごい……」


 そう小さく呟いたら、後ろからもぞもぞと音がした。


「おはよ」


 振り返ると、目をこすりながら甘えたような声を出す高科さんが、革張りのソファから起き上がる。黒縁の眼鏡をかけるなり、眠そうな顔で腕を伸ばした。

 寝癖がついて少しぴょんと跳ねた髪が、愛おしく思えた。

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